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歴史はなぜ繰り返すのか  対称年表と近代70年サイクル・No.8
(文中敬称略)
開設    2007(平成19)年3月8日
(この間省略)
更新    2011(平成23)年3月6・13・14・15・27日
更新    2011(平成23)年4月2・9・17・24日
更新    2011(平成23)年5月28日
更新    2011(平成23)年6月4日
更新    2011(平成23)年7月3・30日
更新    2011(平成23)年8月6・14・21・27・30日
更新    2011(平成23)年9月4・12日
更新    2011(平成23)年10月2・10・16・23・30日
更新    2011(平成23)年11月3・20・27日
更新    2011(平成23)年12月18・19・24日
更新    2012(平成24)年1月4・9・15・29日
更新    2012(平成24)年2月4日
更新    2012(平成24)年3月3・11・18日
更新    2012(平成24)年4月1・8・22日
更新    2012(平成24)年5月13・20・28日
更新    2012(平成24)年6月3・17・26日
更新    2012(平成24)年7月22・29日
更新    2012(平成24)年8月11日
更新    2012(平成24)年9月10・17・22日
更新    2012(平成24)年10月1・14・23日
更新    2012(平成24)年11月1・8・11・16・18・20・21・29日
更新    2012(平成24)年12月17・18・21・27・30日
最新更新 2012(平成24)年1月9日

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No.8
対称年表 1918-1929/1989-2001
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対称年表と近代70年サイクルNo.8 目次
 第3部 未来の“対称年表”・2007年以降
▼今後の予定(2011年〜)
▼現代の近衛文麿は誰か(1937年=2009年)
▼民主党政権はいつまで続き、どのように終わるか(1937年=2009年)
▼ドイツの勢いに呑まれたフランス(1936〜1940年2008年〜)
 ●中国への深入り支那事変と東アジア共同体
▼勃興する中国は普仏戦争前のドイツと同じか(1937年=2009年)
▼支那事変と対称されるのは(1937年=2009年)
 1、イラン情勢
 2、パキスタン(イスラム)情勢
 3、中国情勢
▼東アジアの海軍軍拡競争
▼北朝鮮は崩壊するのか
▼東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)で統制経済が再現されるか(1939年=2011年)
▼日本における「政権交代の2年後には大震災が起こる」法則
▼2013年8月29日までに必ず実施される衆議院総選挙はどうなるか
▼日独伊三国同盟と対称されるものは(1940年)
▼次の“周期境界戦争”までに登場する新型兵器
▼“周期境界戦争”は起こるのか、そして周期境界で何が起こるのか
▼“周期境界戦争”のシミュレーションその1〜中東戦争〜
▼“周期境界戦争”のシミュレーションその2〜日中戦争〜
▼“周期境界戦争”のシミュレーションその3〜米中戦争〜
▼対称された出来事、されなかった出来事(〜1939年=2012年)
▼アメリカ大統領選挙(1940年=2012年)
▼次の転換点(2015年?)時点での日本の指導者は誰か?

▼大戦中の大地震
▼第5周期(201?〜208?)の行方
▼戦後日本の徳政令
▼日本の政治の行方
▼最後に光り輝く帝国アメリカ
▼中国は普遍法を受け入れるのか

エピローグ それでも覇権はまわる

歴史はなぜ繰り返すのか  対称年表と近代70年サイクル・No.7に戻る
 第3部 未来の“対称年表”・2007年以降

▼今後の予定(2011年〜)


表8-1    未来の対称年表 2011-2013
月日 出来事
2011(平成23)年 3月11日 東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)(M9.0。死者・行方不明者2万名以上)
福島第一原子力発電所事故発生
3月16日 ニューヨーク外国為替市場で円相場は一時1ドル=76円25銭まで急伸 、1995年4月19日の円の対ドル戦後最高値(79円75銭)を16年ぶりに更新
4月10日・24日 第17回統一地方選挙
5月2日 国際テロ組織アルカイダのウサマ・ビンラディン、米軍の奇襲作戦によりパキスタンで死亡
7月6日 IOC総会。2018年冬季オリンピックの開催地を韓国の平昌に決定
8月29日 民主党代表選挙。野田佳彦財務相が海江田万里らを破る
8月30日 野田佳彦が第95代首相に指名
10月27日 ニューヨーク外国為替市場で円相場は一時1ドル=75円67銭まで急伸 、円の対ドル戦後最高値を更新
12月14日 オバマ米大統領、米ノースカロライナ州のフォートブラッグ陸軍基地で演説、イラク戦争の終結を宣言
12月17日 北朝鮮の金正日総書記死去
12月18日 イラク駐留米軍の最後の部隊が撤退完了
2012(平成24)年 1月14日 台湾総統選挙馬英九国民党首席が民進党主席の蔡英文を破り再選
3月4日 ロシア大統領選挙、プーチンが大統領に復帰当選
4月11日 北朝鮮、金正恩が朝鮮労働党第1書記に就任
4月13日 北朝鮮、弾道ミサイル「テポドン2号」試射するも失敗
5月6日 フランス大統領選挙決選投票、現職のサルコジを破りフランソワ・オランドが当選
6月17日 ギリシャ再選挙投票、緊縮財政推進派が第1党
6月26日 消費税の増税を柱とする社会保障と税の一体改革関連法案が衆院本会議で与党と自民、公明などの賛成多数で可決。民主党からは小沢一郎元代表や鳩山由紀夫元首相ら57人が反対票を投じる
7月11日 消費税増税法案に反対した民主党からの離党議員により国民の生活が第一結党。代表小沢一郎
7月27日〜8月12日 ロンドンオリンピック
8月10日 李明博、韓国大統領初の竹島訪問
8月27日〜30日 米フロリダ州タンパで共和党全国大会。ロムニーを大統領候補に正式決定
9月3日〜6日 米ノースカロライナ州シャーロットで民主党全国大会。オバマを大統領候補に正式決定
9月11日 日本政府、尖閣諸島を国有化
9月12日 大阪維新の会を母体として日本維新の会結成。代表橋下徹
9月21日 野田民主党代表の任期満了、代表選挙。野田が再選
9月26日 谷垣自民党総裁の任期満了、総裁選挙。安倍晋三が当選
11月6日 アメリカ大統領選挙。オバマ再選
11月13日 「たちあがれ日本」を母体として太陽の党結成。共同代表石原慎太郎・平沼赳夫
11月15日 中国、共産党第18期中央委員会第1回総会開催。胡錦濤共産党総書記の後任に習近平を選出
11月17日 日本維新の会に太陽の党が合流。代表石原慎太郎・代表代行橋下徹
11月29日 日本未来の党結成。代表嘉田由紀子。「国民の生活が第一」「減税日本・反TPP・脱原発を実現する党」が合流
12月12日 北朝鮮、弾道ミサイル「テポドン2号」試射。成功
12月16日 衆議院選挙。民主党大敗、自民党大勝、日本維新の会躍進
12月19日 韓国大統領選挙、朴槿恵が当選
12月25日 民主党代表選挙、海江田万里が当選
12月26日 第2次安倍晋三内閣成立(第96代首相。自民・公明の連立政権)
2013(平成25)年 ↓↓↓↓現在進行中
1月20日 オバマ米大統領就任
3月 中国、全国人民代表大会(全人代)開催。胡錦濤国家主席の後任に習近平を選出?温家宝首相の後任に李克強就任?
7月 参議院選挙
9月7日 アルゼンチンのブエノスアイレスで開催のIOC総会で2020年オリンピック開催地が決定。東京・イスタンブール・マドリードが立候補

 さらに詳しい年表を読まれたい方は、表8-35の「対称年表・1929-1945/2006-2017」をご覧頂きたい。


 以下、対称年表と近代70年サイクル No.5の続きです。

▼アメリカのサブプライムローン問題に端を発した金融危機(2008年)

表8-2    2007年〜、アメリカのサブプライムローン問題に端を発した金融危機(表5-21に追加)
月日 特記事項
2007(平成19)年 7月9日(月) 日経平均株価終値、18261円88銭(2003年4月28日に付けたバブル崩壊後の最安値7607円88銭からの反発の最高値)
7月19日(木) ニューヨーク・ダウ終値、14000ドル41セント。史上初めて終値で14000ドル台突入
10月9日(火) ダウ終値、14164ドル53セント。史上最高値
2008(平成20)年 9月7日(日) 米政府、政府系住宅金融機関(GSE)の連邦住宅抵当金庫(ファニーメイ)と連邦住宅金融抵当公庫(フレディマック)を政府の管理下に置くと発表
9月14日(日) 米大手証券会社のリーマン・ブラザーズ、経営破綻
9月24日(水) 麻生太郎内閣(第92代首相)成立
9月29日(月) アメリカ合衆国下院が緊急経済安定化法案を大差で否決。
ダウ終値、10365ドル45セント(▼777ドル68セント)。下落幅史上最大、下落率▼6.6%
10月3日(金) 日経平均終値、10938円14銭(2005年5月18日以来、約3年4か月ぶりに終値で11000円台割れ)
10月8日(水) 日経平均終値、9203円32銭(▼952円58銭)。下落幅史上18位、下落率▼9.3%で史上3位
10月9日(木) 米国FOMC、FF金利と公定歩合を利下げ
ダウ終値、8579ドル19セント(▼678ドル91セント)。下落率▼7.3%
10月10日(金) 日経平均終値、8276円43銭(▼881円06銭)。下落率▼9.62%で史上3位。
大和生命保険経営破綻
10月13日(月) ダウ終値、9387ドル42セント(△936ドル42セント)。上昇幅史上1位、上昇率△11.0%
10月15日(水) ダウ終値、8577ドル91セント(▼733ドル08セント)。下落幅史上2位、下落率▼7.8%
10月16日(木) 日経平均終値、8458円45銭(▼1089円02銭)。下落幅史上2位、下落率▼11.41%で史上3位
10月24日(金) 日経平均終値、7649円08銭(▼811円90銭)。下落率▼9.60%で史上5位
10月27日(月) 日経平均終値、7162円90銭(▼486円18銭)。下落率▼6.36%。2003年4月28日(7607円88銭)以来、終値でバブル崩壊後の最安値を更新
10月28日(火) ダウ終値、8577ドル91セント(△889ドル35セント)。上昇幅史上2位、上昇率△10.8%
10月29日(水) 米国FOMC、FF金利と公定歩合を利下げ
日経平均終値、8211円90銭(△589円98銭)。上昇率△7.74%で史上7位
10月30日(木) 日経平均終値、9029円76銭(△817円86銭)。上昇率△9.96%で史上4位
11月4日(火) 米大統領選挙。民主党のバラク・オバマが初当選
11月15日(土) 日米など先進国と、中国、インド、ブラジルなど新興国など世界の20カ国・地域の首脳と、国際通貨基金(IMF)や世界銀行などの国際機関のトップが参加して金融危機について話し合う緊急サミット、米ワシントンで開催
11月20日(木) ダウ終値、7552ドル29セント(▼444ドル99セント)。下落率▼5.5%。2003年3月12日以来の安値
11月23日(日)

米政府、シティグループに対して、シティの不良資産に損失が発生した場合、大半を政府が埋め合わせることを保証したほか、200億ドルの追加の資本注入も発表

12月1日(月) ダウ終値、8149ドル09セント(▼679ドル95セント)。下落幅史上4位、下落率▼7.7%
12月16日(火) 米FOMC、金融政策史上初となる事実上のゼロ金利政策を実施
2009(平成21)年 1月2日(木) ダウ終値、9034ドル69セント(△258ドル30セント)。2008年11月5日以来終値で9000ドル台回復
1月20日(火) オバマ米新大統領就任式
2月24日(火) TOPIX終値、730.28ポイント。2003年3月11日以来バブル崩壊後の最安値(770.62ポイント)を更新
3月5日(木) ダウ終値、6594ドル44セント(▼281ドル40セント)下落率▼4.0%。1997年4月以来約12年ぶりの安値
ナスダック終値、1299.59ポイント(▼54.15ポイント)。2003年3月以来の1300ポイント台割れ
3月9日(月) 日経平均終値、7086円03銭(▼87円07銭)。2008年10月27日以来バブル崩壊後の最安値を更新
ダウ終値、6547ドル05セント(▼79ドル89セント)。3月5日の安値を更新
3月10日(火) 日経平均終値、7054円98銭(▼31円05銭)。3月9日に引き続きバブル崩壊後の最安値更新
3月12日(木)

東証株価指数(TOPIX)終値、700.93ポイント(▼21.35ポイント)。バブル崩壊後の最安値更新。19831214日以来、約25年3か月ぶりの安値水準

4月30日(火) 米大手自動車会社で「ビッグスリー」の一社であるクライスラー連邦倒産法第11章の適用をニューヨーク市の破産裁判所に申請
6月1日(月) 米最大手自動車会社で「ビッグスリー」の一社であるGM(ゼネラルモーターズ)、連邦倒産法第11章の適用をニューヨーク市の破産裁判所に申請
6月12日(金) 日経平均終値、10135円82銭(△154円49銭)。年初来高値を更新。2008年10月7日以来約8か月ぶりに終値で1万円台を回復
6月24日(水) 米FOMC、ゼロ金利政策を継続
8月26日(水) 日経平均終値、10639円71銭(△142円35銭)。年初来高値を更新
8月30日(日) 衆議院総選挙。自民党大敗、民主党大勝
9月16日(水) 鳩山由紀夫内閣(第93代首相)成立(民主・社民・国民新の連立政権)
10月14日(水) ダウ終値、10015ドル86セント(△144ドル80セント)。2008年10月3日以来、約1年ぶり1万ドル台を回復。年初来高値を更新。3月9日(月)の最安値からの上昇率△53%
11月1日(日) 米ノンバンク大手のCITグループ、連邦破産法11条の適用を申請し経営破綻。2009年6月末時点の総資産は710億ドル(約6兆4000億円)で、6月に破綻したGMに次いで米史上5番目の大規模倒産
11月27日(金) アラブ首長国連邦のドバイ政府、政府系持株会社ドバイ・ワールドの債務返済繰り延べの要請を発表。世界的に株式相場が急落(ドバイ・ショック)
日経平均終値、9081円52銭(▼301円72銭)。下落率▼3.22%
12月16日(水) 米FOMC、ゼロ金利政策を継続
12月30日(水) ダウ終値、10548ドル51セント(△3ドル10セント)。2008年10月1日以来約1年3か月ぶりの水準を回復。年初来高値を更新
2009年のニューヨーク・ダウは2年ぶりに年間ベースで上昇。2009年の上昇率は18.8%となり、2003年(上昇率約25%)以来6年ぶりの大きさ。3月9日に付けた12年ぶりの安値(6547ドル05セント)からの上昇率は約6割。しかし米証券大手リーマン・ブラザーズが破綻する直前の水準(11421ドル99セント)はまだ下回る
ナスダック終値、2291.28ポイント(△2.88ポイント)。2008年9月3日以来の高値まで回復。ナスダックの2009年の上昇率は△43.9%
2010(平成22)年 1月19日(火) 日本航空、グループ2社と共に東京地方裁判所へ会社更生法の適用を申請。同日中に企業再生支援機構が支援を発表。負債額は3社で約2兆3221億円(2009年9月30日現在)、戦後4番目の大型倒産、事業会社としてはそごうグループを超えて最大規模の倒産。
1月27日(水) 米FOMC、ゼロ金利政策を継続
2月18日(木) 米、2006年6月以来、約3年8か月ぶり公定歩合を引き上げ。0.25%引き上げ、年0.75%に
4月2日(金) 日経平均終値、11286円09銭(△41円69銭)。連日で年初来高値を更新。2008年10月1日以来、約1年半ぶりの高値水準
4月23日(金) ダウ終値、11024ドル28セント(△69ドル99セント)。2008年9月19日以来約1年7か月ぶりの高値
ナスダック終値、2530.15ポイント(△11.08ポイント)。2008年6月以来約1年10か月ぶりの水準を回復。昨年来高値を更新
6月8日(火) 管直人内閣(第94代首相)成立(民主・国民新の連立政権)
8月25日(水) 日経平均終値、8845円39銭(▼149円75銭)。連日で年初来安値を更新。2009年4月30日以来、1年4か月ぶりの安値
9月10日(金) 日本振興銀行、経営破綻
9月28日(火) ニューヨーク商品取引所(COMEX)の金先物相場12月渡しの終値、1オンス=1308ドル30セント(△9ドル70セント)。終値で史上初の1300ドル台突入
10月25日(月) 東京外国為替市場、円は一時1ドル=80円45銭まで上昇、1995年4月以来約15年半ぶりの円高水準に
11月4日(木) ダウ終値、11434ドル84セント(△219ドル71セント)。今年4月26日の年初来高値(11205ドル03セント)更新。2008年9月8日以来の高値、米証券大手リーマン・ブラザーズ経営破綻前の水準を回復
11月18日(木) 日経平均終値、10013円63銭(△201円97銭)。6月22日以来約5か月ぶりに終値で1万円台回復
2011(平成23)年 2月1日(火) ダウ終値、12040ドル16セント(△148ドル23セント)。2008年6月19日以来約2年7か月ぶりに12000ドル台を回復
2月18日(金) 日経平均終値、10842円80銭(△6円16銭)。2010年4月30日以来約9か月半ぶりの高値
3月2日(水) ニューヨーク商業取引所(NYMEX)の米国産標準油種WTI4月物終値、1バレル=102.23ドル。終値としては2008年9月下旬以来約2年5か月ぶりに100ドル超え
3月11日(金) 東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)(M9.0。死者・行方不明者約2万名)
3月14日(月) 日経平均終値、9620円49銭(▼633円94銭)。下落率▼6.18%で史上20位。下げ幅は2008年10月24日以来の大きさ。2010年11月4日以来約4か月ぶりの安値水準
3月15日(火) 日経平均終値、8605円15銭(▼1015円34銭)。下落率▼10.55%で史上3位。下落幅史上17位。昨年来安値を更新、2009年4月28日(8493円)以来、約1年11か月ぶりの安値水準に下落
3月16日(水) ニューヨーク外国為替市場で円相場は一時1ドル=76円25銭まで急伸 、1995年4月19日の円の対ドル戦後最高値(79円75銭)を16年ぶりに更新
4月28日(木) ダウ終値、12763ドル31セント(△72ドル35セント)。2008年5月20日以来約2年11か月ぶりの高値
ナスダック終値、2872.53ポイント(△2.65ポイント)。2000年12月12日以来の高値を回復
5月2日(月) 日経平均終値、10004円20銭(△154円46銭)。3月11日以来約1か月半ぶりに終値で1万円台回復
7月19日(月) ニューヨーク商品取引所(COMEX)の金塊先物相場、中心限月8月物終値は1オンス=1602.40ドル(△12ドル30セント)。終値で史上初の1600ドル台突入
8月4日(木) ダウ終値、11383ドル68セント(▼512ドル76セント)下落率▼4.3%。2010年12月9日以来約8か月ぶりの安値。下げ幅は2008年12月1日(▼679ドル95セント)以来の大きさ
ナスダック終値、2556.39ポイント(▼136.68ポイント)。2010年12月1日以来の安値。下げ幅は2008年12月1日以来の大きさ
8月5日(金) 米格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ、米国債の格下げを発表
8月8日(月) ダウ終値、10809ドル85セント(▼634ドル76セント)下落率▼5.5%。2010年10月4日以来約10か月ぶりの安値。下げ幅は2008年12月1日(▼679ドル95セント)以来の大きさ、史上6番目
ナスダック終値、2357.69ポイント(▼174.72ポイント)下落率▼6.9%。ダウと同じく2010年10月4日以来の安値。下げ幅は2008年9月29日以来の大きさ
ニューヨーク商品取引所(COMEX)の金塊先物相場、中心限月12月物終値は1オンス=1713.20ドル(△61ドル40セント)。上昇率△3.7%。終値の史上最高値を更新、史上初の1700ドル台突入
8月10日(水) ダウ終値、10719ドル94セント(▼519ドル83セント)下落率▼4.6%。2010年9月23日以来約11か月ぶりの安値
米FOMC、ゼロ金利政策を2013年半ばまで継続する方針を決定
8月19日(金) ニューヨーク外国為替市場で円相場は一時1ドル=75円95銭まで急伸 、3月17日(76円25銭)以来約5か月ぶりに円の対ドル戦後最高値を更新
9月6日(火) 日経平均終値、8590円57銭(▼193円89銭)。東日本大震災直後で年初来安値を付けた3月15日(8605円15銭)を下回り年初来安値を更新。2009年4月28日の終値8493円以来約2年4か月ぶりの安値水準
9月23日(金) ニューヨーク商品取引所(COMEX)の金塊先物相場、中心限月12月物終値は1オンス=1639ドル80セント(▼101ドル90セント)。下落率▼5.8%。一時1631ドル70セントまで下落、中心限月として8月2日以来約1か月半ぶりの安値
10月3日(月) ダウ終値、10655ドル30セント(▼258ドル08セント)下落率▼2.4%。年初来安値を更新。2010年9月17日以来約1年ぶりの安値
10月4日(火) ニューヨーク・マーカンタイル取引所(NYMEX)の原油先物相場、WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)期近の11月物終値は1バレル=75ドル67セント(▼1ドル94セント)。一時74ドル95セントまで下落、期近物として2010年9月24日以来約1年ぶりの安値
10月21日(金) ニューヨーク外国為替市場で円相場は一時1ドル=75円78銭まで急伸 、8月19日(75円95銭)以来約2か月ぶりに円の対ドル戦後最高値を更新
10月27日(木) ニューヨーク外国為替市場で円相場は一時1ドル=75円67銭まで急伸 、円の対ドル戦後最高値を更新
11月16日(水) ニューヨーク・マーカンタイル取引所(NYMEX)の米国産標準油種WTI12月物終値、1バレル=102.59ドル。6月1日以来約5か月ぶりの高値
イタリア、ベルルスコーニ政権崩壊を受けて新首相に指名されたモンティ氏が閣僚人事を決定し、新内閣が事実上発足
11月24日(木) 日経平均終値、8165円18銭(▼149円56銭)。連日で年初来安値を更新、2009年3月31日(8109円)以来約2年8か月ぶりの安値
2012(平成24)年 1月23日(月) ニューヨーク商品取引所(COMEX)の金塊先物相場、中心限月2月物は一時1オンス=1681.80ドルまで上昇、2011年12月12日以来約1か月半ぶりの高値
1月25日(水) 米FOMC、事実上のゼロ金利政策を少なくとも2014年終盤まで継続するとの見通しを示す。2%のインフレ目標を導入すると発表
2月28日(火) ダウ終値、13005ドル12セント(△23ドル61セント)。2008年5月19日以来約3年9か月ぶりに終値で13000ドル台を回復
3月14日(水) 日経平均終値、10050円52銭(△151円44銭)。2011年7月26日(10097円)以来約7か月半ぶりに終値で10000円台を回復
3月27日(火) 日経平均終値、10250円15銭(△236円91銭)。東日本大震災発生日の2011年3月11日の終値(10254円)を上回り、震災前日以来、約1年ぶりの高値を回復
4月2日(月) ダウ終値、13264ドル49セント(△52ドル45セント)。2007年12月31日以来約4年3か月ぶりの高値
5月17日(木) ナスダック終値、2813.69ポイント(▼60.35ポイント)。1月30日以来約3か月半ぶりの安値
6月4日(月) 東京債券市場、長期金利の指標となる新発10年物国債の利回りが一時前週末比0.015%低下の0.79%を記録。0.8%を下回るのは約9年ぶり
日経平均終値、8295円63銭(▼144円62銭)。2011年11月28日(8287円)以来約半年ぶりの安値
東証株価指数(TOPIX)終値、695.51ポイント(▼13.42ポイント)。バブル崩壊後の最安値を更新。1983年12月13日以来28年半ぶりの低水準
6月5日(火) ダウ終値、12101ドル46セント(▼17ドル11セント)。昨年12月19日以来約5か月半ぶりの安値
9月13日(木) ナスダック終値、3155.83ポイント(△41.52ポイント)。2000年11月15日以来約11年10か月ぶりの高値
9月14日(金) 日経平均終値、9159円39銭(△164円24銭)。8月23日(9178円)以来の高値
10月4日(木) ニューヨーク商品取引所(COMEX)の金塊先物相場、中心限月12月物終値は1オンス=1796.50ドル(△16ドル70セント)。終値で2011年11月8日以来約11か月ぶりの高値
10月5日(金) ダウ終値、13610ドル15セント(△34ドル79セント)。2007年10月以来約4年10か月ぶりの高値
11月6日(火) 米大統領選挙。オバマ再選
12月16日(日)  衆議院選挙。民主党大敗、自民党大勝、日本維新の会躍進
12月19日(水) 日経平均終値、10160円40銭(△237円39銭)。4月3日以来8か月半ぶりに終値で10000円台を回復
12月27日(木) 日経平均終値、10322円98銭(△92円62銭)。3月27日以来9か月ぶりに年初来高値を更新、東日本大震災発生直前の2011年3月10日 (10434円38銭)以来約1年9か月ぶりの高値水準
2013(平成25)年 1月20日(日) オバマ米大統領就任


 また、No.4でも前述したが、アメリカ大統領選挙と株価暴落には関連性があるようである。

表8-3      アメリカ大統領選挙と株価暴落の関連性
アメリカ大統領選挙 株価暴落日 暴落の内容
1928年11月(フーバー当選) →(11ヶ月後)→ 1929年10月29日(火) 「暗黒の火曜日」、世界恐慌はじまる
1932年11月(ルーズベルト当選) →(4ヶ月後)→ 1933年3月4日〜13日 バンク・ホリデー(全銀行閉店)
※バンク・ホリデーは、『世界同時デフレ』91-92頁、『「大恐慌型」不況』64-67頁、『日本発世界大恐慌はやってくるか』209-211頁でも説明されている。
1936年11月(ルーズベルト再選) →(9ヶ月後)→ 1937年8月以降景気は急降下
1988年11月(ブッシュ父当選) ←(11ヶ月前)← 1987年10月19日(月) ブラックマンデー。ダウの下落幅▼508ドル00セント(下落率22.6%)
(※この時のみ株価暴落が先、大統領選が後)
1996年11月(クリントン再選) →(11ヶ月後)→ 1997年10月27日(月) ダウの下落幅▼554ドル26セント(下落幅史上1位、下落率7.2%)
2000年11月(ブッシュ子当選) →(9ヶ月後)→ 2001年9月17日(月) 9・11同時多発テロ事件による株式市場休場後の再開当日。ダウの下落幅▼684ドル81セント(下落幅史上1位、下落率7.1%)
2008年11月(オバマ当選) ←(ほぼ同時進行)→ 2008年9月〜10月末 リーマン・ショック
2007年7月19日のダウ最高値・14000ドル41セントからの下落率▼?.?%

▼現代の近衛文磨は誰か(1937年=2009年)
 近衛文磨の首相在任期間中(1937〜1939年)に支那事変(日中戦争)が開戦している(1937年8月)のだから、彼と同じ時代に任命される首相の役割は重要である。

 ……などと、わたくし(管理人)は2007年3月に書いていたのだが、2009年8月30日の衆議院総選挙において、自民党は歴史的大敗を喫し、民主党は大勝した。そして9月16日、民主党・国民新党・社民党の連立による鳩山由紀夫内閣が発足したのである。


▼民主党政権はいつまで続き、どのように終わるか(2009年)
 よく言えばプロデューサー、悪く言えば黒幕役だった小沢一郎(現民主党幹事長)が動かしていた、1993年7月から1996年10月までの、衆議院総選挙のあいだの3年3か月間の政局を辿れば、予想の助けになると思われる。

表8-4   衆議院総選挙のあいだ、1993年7月〜1996年10月までの3年3か月間の政局(表2-4も参照されたい)
1992年 5月22日 日本新党結成。党首細川護煕
1993年 6月18日 宮沢内閣不信任案、自民党の造反議員により可決。衆議院解散
6月21日 新党さきがけ結成。党首武村正義
6月23日 新生党結成。党首羽田孜、代表幹事小沢一郎
7月18日 第40回衆議院総選挙。日本新・新生などの新党躍進、社会党大敗
8月9日 細川護煕内閣(第79代首相。日本新党)成立(日本新・社会・新生・さきがけ・公明・民社連立政権)
1994年 4月25日 日本新・新生・公明・民社党など、グループ「改新」を発足。社会党は除外
4月26日 社会党、改新の発足に反発し連立政権より離脱
4月28日 羽田孜内閣(第80代首相。新生党)成立(非自民・社会連立政権)
6月30日 村山富市内閣(第81代首相。社会党)成立(自民・社会・さきがけ連立政権)
12月10日 日本新・新生・公明・民社党などの改新グループ、新進党結成。党首海部俊樹、代表幹事小沢一郎
1996年 1月11日 橋本龍太郎内閣(第82代首相。自民党)成立(自民・社会・さきがけ連立政権)
10月21日 第41回衆議院総選挙。自社さ与党が安定多数を獲得


 小沢は細川を擁立して非自民政権を誕生させることに成功したが、その手法は社会党からの反発を招き、結果社会党が小沢から離れて自民党を選択した結果、非自民政権―小沢黒幕政権は僅か11か月で崩壊することになった。

表8-5   黒幕兼組織の壊し屋・小沢一郎の流転の政治人生
1991年 10月 小沢一郎・自民党竹下派会長代行、海部首相・自民党総裁の後継として立候補した宮沢喜一、渡辺美智雄、三塚博の3人を個人面談。結果、後継の自民党総裁には宮沢喜一が決定
1993年 6月18日 宮沢内閣不信任案、自民党の造反議員により可決。衆議院解散
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1994年 12月10日 新進党結成。党首海部俊樹、代表幹事小沢一郎
1995年 12月27日 新進党第2代党首に小沢就任
1996年 9月28日 新進党・社会党・新党さきがけなどからの離党者が民主党結党。代表菅直人・鳩山由紀夫
12月26日 自民党竹下派〜新生党〜新進党以来の小沢の盟友だった羽田孜、新進党を離党し太陽党結党
1997年 12月18日 新進党党首に小沢再選。しかしその後混乱
12月27日 新進党解党
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1998年 1月6日 新進党の中核メンバーにより自由党結党。代表小沢一郎
1999年 1月14日 自民党と自由党の連立政権(小渕改造内閣)が発足
2000年 4月1日 連立政権から自由党が離脱。自由党は分裂、政権残留議員は保守党を結成。党首扇千景
2003年 9月26日 自由党、民主党に合流
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2006年 4月7日 民主党代表に就任
2009年 5月16日 秘書給与流用疑惑で代表辞任(在任3年1ヶ月)。後任に鳩山由紀夫
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2009年 9月15日 民主党幹事長に就任
2010年 6月2日 鳩山首相・小沢民主党幹事長、辞任表明。鳩山の在任期間は266日(8か月半)の短命政権に終わる
2012年 7月11日 消費税増税法案に反対した民主党からの離党議員により国民の生活が第一結党。代表小沢一郎
2012年 11月29日 日本未来の党結成。代表嘉田由紀子。「国民の生活が第一」が合流
2012年 12月16日 衆議院選挙。日本未来の党大敗


 ……長々と列記してきたが、小沢のいる、そして創る組織はみな一時期栄光を得て全盛期になるが、その勢いは線香花火のようなもので、はひゃっと勢いが衰え、小沢の手法に反発する者が党を割って出て行き、やがて組織が自壊するというのが、パターン、もしくはお約束なのである。
 「日本未来の党」も例外なくその轍を踏むことになったのである。



表8-6  鳩山内閣発足以降の政治日程
2009年8月30日 衆議院選挙。自民党大敗、民主党大勝
2009年9月16日  鳩山由紀夫内閣発足(民主・社民・国民新の連立政権)
2010年5月31日 連立政権より社民党が離脱
2010年6月2日 鳩山首相、辞任表明
2010年6月4日 管直人を新代表に選出・首相に就任
2010年7月11日 参議院選挙。民主党大敗
2010年9月14日 民主党代表選挙。管直人代表・首相が小沢一郎元代表を破る
2011年3月11日 東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)
2011年8月25日 管首相、辞任表明
2011年8月29日 民主党代表選挙。野田佳彦財務相が海江田万里らを破る
2011年8月30日 野田佳彦が首相に就任
2012年9月21日 民主党代表選挙。野田が再選
2012年9月26日 自民党総裁選挙。安倍晋三が当選
2012年12月16日 衆議院選挙。民主党大敗、自民党大勝、日本維新の会躍進
2012年12月25日 民主党代表選挙。海江田万里を新代表に選出
2012年12月26日 第2次安倍晋三内閣成立(第96代首相。自民・公明の連立政権)
以下、未来の政治日程
2013年7月 参議院選挙



 2012年9月に早くも民主党代表選挙があるのは、野田代表が、相次いで任期の途中で辞任した小沢、鳩山、管各代表の任期の残りを引継いでいるからである。2012年9月までが本来の任期なのである。詳細はウイキペディアの民主党代表もしくは民主党代表選挙を参照されたい。


表8-7   民主党代表一覧(表2-5も参照されたい)
1998年4月27日 新進党からの離党者が合流して拡大した新・民主党結党。初代代表菅直人
1999年9月 菅代表、代表選挙での敗北で辞任(在任1年4ヶ月)。後任に鳩山由紀夫
2002年12月 鳩山代表、党内の求心力低下で辞任(在任3年3ヶ月)。後任に菅直人
2004年5月 菅代表、政治家の年金未納問題で辞任(在任1年5ヶ月)。後任に岡田克也
2005年9月 岡田代表、衆院総選挙での敗北で辞任(在任1年4ヶ月)。後任に前原誠司
2006年4月 前原代表、堀江メール問題で辞任(在任9ヶ月)。後任に小沢一郎
2009年5月 小沢代表、秘書給与流用疑惑で辞任(在任3年1ヶ月)。後任に鳩山由紀夫
2010年6月 鳩山代表、辞任(在任1年1ヶ月)。後任に管直人
2011年8月 管代表、辞任(在任1年2ヶ月)。後任に野田佳彦
2012年12月 野田代表、衆院総選挙での敗北で辞任(在任1年4ヶ月)。後任に海江田万里



●鳩山政権はいつまで続くのか?
・9ヶ月(2010年6月まで。具体的に言うと263日。つまり細川内閣《1993年8月〜1994年4月》の期間と同じ)ーOUT!鳩山の在任期間は細川内閣より3日長いだけの266日(8か月半)の短命政権に終わりました。ご愁傷様でした。
・10ヶ月(2010年7月、参議院選挙まで。選挙の敗北により辞任か?)
・11ヶ月(2010年8月まで。細川内閣+羽田内閣《1993年8月〜1994年6月》の期間と同じ)
・1年(2010年9月まで)
・2年(2011年9月まで)
・3年(2012年9月まで)
・3年3か月(2012年12月まで。上記の表8-19にある、民主党代表の最長の在任期間…鳩山由紀夫の3年3か月…より)
・4年(衆議院議員の任期満了である2013年8月まで)

・政権交代と株価の動き

表8-8  政権交代と株価の関連
●1992〜1996年の日経平均株価の推移と、関連の動き(表3-9より引用・転載)
1992(平成4)年 8月18日(火) 日経平均終値、14309円41銭(バブル崩壊後1番底。史上最高値・1989年12月29日からの下落率63.2%)
1993(平成5)年 2月4日(木) 日銀、公定歩合を0.75%利下げし2.5%に
7月18日(日) 第40回衆議院総選挙。日本新・新生などの新党躍進、社会党大敗
8月9日(月) 細川護煕内閣(第79代首相。日本新党)成立(日本新・社会・新生・さきがけ・公明・民社連立政権)
9月13日(月) 日経平均終値、21148円11銭(1992年8月18日の1番底以降の反発の高値)
9月21日(火) 日銀、公定歩合を0.75%利下げし1.75%に
11月29日(月) 日経平均終値、16078円71銭(戻り安値)
1994(平成6)年 4月28日(木) 羽田孜内閣(第80代首相。新生党)成立(非自民・社会連立政権)
6月13日(月) 日経平均終値、21552円81銭(1992年8月18日の1番底以降の反発の最高値)
6月30日(木) 村山富市内閣(第81代首相。社会党)成立(自民・社会・さきがけ連立政権)
1995(平成7)年 1月17日 阪神大震災
4月14日(金) 日銀、公定歩合を0.75%利下げし1.0%に
4月19日(水) 円ドル相場、1ドル=79円75銭(円の戦後史上最高値、プラザ合意後の円高の頂点)
7月3日(火) 日経平均終値、14485円41銭(バブル崩壊後2番底)
9月8日(金) 日銀、公定歩合を0.5%利下げし0.5%に
1996(平成8)年 1月11日(木) 橋本龍太郎内閣(第82代首相。自民党)成立(自民・社会・さきがけ連立政権)
6月26日(水) 日経平均終値、22666円80銭(1995年7月3日の2番底以降の反発の最高値)
●2008〜2011年の日経平均株価の推移と、関連の動き(表8-2より引用・転載)
2008(平成20)年 9月24日(水) 麻生太郎内閣(第92代首相)成立
10月27日(月) 日経平均終値、7162円90銭(▼486円18銭)。下落率▼6.36%。2003年4月28日(7607円88銭)以来、終値でバブル崩壊後の最安値を更新
11月4日(火) 米大統領選挙。民主党のバラク・オバマが初当選
2009(平成21)年 1月20日(火) バラク・オバマ米新大統領就任式
3月10日(火) 日経平均終値、7054円98銭(▼31円05銭)。2008年10月27日以来バブル崩壊後の最安値更新
3月12日(木) TOPIX終値、700.93ポイント(▼21.35ポイント)。バブル崩壊後の最安値更新。19831214日以来、約25年3か月ぶりの安値水準
9月16日(水) 鳩山由紀夫内閣(第93代首相)成立(民主・社民・国民新の連立政権)
2010(平成22)年 1月4日(月) 日経平均終値、10654円79銭(△108円35銭)。2009年8月26日の終値での高値(10639円71銭)を上回り、2008年10月3日以来の高値水準。昨年来高値を更新
8月25日(水) 日経平均終値、8845円39銭(▼149円75銭)。連日で年初来安値を更新。2009年4月30日以来、1年4か月ぶりの安値
2011(平成23)年 3月11日(金) 東北地方太平洋沖地震(M9.0。死者・行方不明者約2万名)
3月16日(水) ニューヨーク外国為替市場で円相場は一時1ドル=76円25銭まで急伸 、1995年4月19日の円の対ドル最高値(79円75銭)を16年ぶりに更新



 民主党政権は、内政だけで手一杯のグダグダになり、外交・安全保障上の問題にかまけている時間はなくなるだろうか。
 しかもそもそも民主党は、アメリカよりも中国・韓国に連帯感を強く示してきたのだ。何しろ「民主党政策集 INDEX2009」(リンク切れ)の「外務・防衛」(リンク切れ)には、

「中国、韓国をはじめ、アジア諸国との信頼関係の構築に全力を挙げます」
「東アジア共同体の構築を目指し、通商、金融、エネルギー、環境、災害救援、感染症対策等の分野において、アジア・太平洋地域の域内協力体制を確立します」
「日韓両国の信頼関係を強化します」
「中国は日本にとって極めて重要な隣国であり、東アジア地域の平和と繁栄のためにも、さらに友好協力関係を促進します」

 とあるくらいなのだから。
 ……結局民主党は、国内においては改革の約束は口約束で終わり、国外においては、日米関係に亀裂を生じさせ、日中・日韓関係においては相手に弱腰で終始し、総選挙で大敗し、政権から退場することになったのである。

●中国への深入り―支那事変と東アジア共同体
 近衛は支那事変(日中戦争)に深入りして、国民政府の首都南京を占領(1937年12月)しても事変を終結させられず、トラウトマン工作(1937年11月〜1938年1月)でも事変を終結させられず、「国民政府を相手とせず」という余計な声明を発表し(第一次近衛声明。1938年1月)、武昌・漢口・漢陽を占領(1938年10月)しても事変を終結させられず、結局内閣を投げ出してしまった(1939年1月)。
 このあたりは、別宮暖郎氏のホームページ「第一次大戦」の「支那事変」も参照していただきたい。

 一方の鳩山は、東アジア共同体に深入りすることになるのだろうか。


■鳩山首相が中国国家主席と初会談、東アジア共同体構想を提案 (2009年9月22日)
http://jp.reuters.com/article/politicsNews/idJPJAPAN-11601120090922
 [ニューヨーク 22日 ロイター]
 鳩山由紀夫首相は21日、中国の胡錦濤国家主席と就任後初めて会談し、東アジア共同体構想を提案した。会談後、首相が記者団に明らかにした。
 首相は会談で「友愛」に基づいた日中関係構築について話し、「互いの違いを認めながら信頼関係を構築し、東アジア共同体を創造したい」と提案した。
 日本の政府筋によると、胡主席はこれに対し、日中関係は中国にとって最も重要な関係の一つであると述べ、より頻繁な首脳レベルの会談やさまざまな交流活発化による関係強化の重要性を強調した。
 東シナ海のガス田開発をめぐり、胡主席は両国の合意に基づき進めたいとした上で、国民の支持が必要だと表明。鳩山首相はそうした支持の確保を中国側に促した。
 日中は東シナ海のガス田共同開発について2008年6月に合意しているが、合意内容の実行には至っていない。



■米国は加えず=「東アジア共同体」で外相表明(時事通信) - Yahoo!ニュース(2009年10月7日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091007-00000100-jij-pol。リンク切れ)

 岡田克也外相は7日午後、都内の日本外国特派員協会で講演し、鳩山由紀夫首相がアジア重視の観点から提唱している「東アジア共同体」構想について、「日本、中国、韓国、東南アジア諸国連合(ASEAN)、インド、オーストラリア、ニュージーランドの範囲で(構成を)考えたい」と述べ、米国は正式な加盟国としない形で創設を目指す考えを表明した。
 共同体構想をめぐり、政府高官が米国を正式メンバーとしない方針を明言したのは初めて。外相は、貿易交渉などの相手として米国を「排除しない」とも語り、一定の配慮を示したが、鳩山政権に対して「反米的」との見方もある米側が反発を強めることも予想される。 

■参考サイト…
Yahoo! JAPAN「東アジア共同体構想 - Yahoo!ニュース」

 中国を相手にして、またもや国を滅ぼす結果になるのだろうか?危険極まりないことである。

 「▼日本の好景気はいつまで続くか」の項で前述したように、林どりあん『歴史が教える相場の道理』(日経ビジネス人文庫、2001)には、


『一九三七年(昭和十二年)になると、太平洋戦争の序曲になる日中戦争が始まる。これ以降、日本経済は次第に自由市場を閉ざし、統制経済・戦時経済に入って行く。増税はもちろん、臨時資金調整法(※管理人註、1937年9月10日公布)など力づくの法案が通り、金融閉塞基調となる。株価は嫌気して全面崩落の兆しが出た』(195頁)
『一九三八年(昭和十三年)「国家総動員法」が公布されるや、同法に含まれる配当制限などを嫌気して、市況は軟化してゆく』(196頁)


 とある。
 臨時資金調整法については、有沢広己監修『昭和経済史 上』(日経文庫、1994)207-208頁においても触れられている。
 別宮暖朗『帝国陸軍の栄光と転落』(文春新書、2010年4月)には、

日本は戦後いきなり高度経済成長を実現したのではない。戦前にも高度成長を遂げていた。大正五年から昭和一一年の二十年間で、一人当たりGNPを年平均八.九%も伸ばしている。これは昭和二五年から四五年の二十年間の一〇.二%につぐ成績である。
 一九二九年(昭和四年)の世界恐慌のダメージから日本はいち早く立ち直った。米ドルベースのGNPの戦前のピークは、昭和一一年であった。翌昭和一二年成立の近衛内閣によって国家総動員法が昭和一三年に制定された。このころ昭和一二年から日本経済は低迷に転じた。一人当たりGNPが昭和一一年の水準に戻ったのは戦後の昭和三二年であった。昭和三一年の経済白書は「もはや戦後ではない」と叫んだ。昭和一二年から昭和三一年はまさに「失われた二十年」であった。統制経済すなわち社会主義経済こそがこの低迷をもたらしたのである。
 統制経済は景気対策または経済成長策になんの役にも立たなかった
」(232頁)

 とある。
 関連する年表は以下のようになるか。

表8-9  支那事変(日中戦争)の泥沼化と大東亜戦争(太平洋戦争)への発展
1937年
(昭和12年)
6月4日 第1次近衛文磨内閣成立(第34代首相)
7月7日 盧溝橋事件勃発。北支事変はじまる
8月13日 第2次上海事変勃発。支那事変(日中戦争)開戦
9月10日 臨時資金調整法公布
1938年
(昭和13年)
3月 ニューヨークダウ、98ドル95セントまで下落(恐慌中の恐慌)
4月1日 国家総動員法公布
9月 ミュンヘン会談(英仏独伊・四カ国の首脳会談。ヒトラーに対する宥和政策の頂点)
1939年
(昭和14年)
1月5日 平沼駲一郎内閣成立(第35代首相)
5月 ノモンハン事件起こる(〜9月)
8月30日 阿部信行内閣成立(第36代首相)
9月1日 ドイツ、ポーランドに侵攻。英仏、ドイツに宣戦布告し第2次世界大戦開戦
1940年
(昭和15年)
1月16日 米内光政内閣成立(第37代首相)
5月14日 ドイツ、フランス侵攻
6月 パリ陥落、フランス降伏
7月22日 第2次近衛内閣成立(第38代首相)
9月23日 日本軍、北部仏印に進駐
9月27日 日独伊三国同盟締結
10月12日 大政翼賛会結成
11月5日 米大統領選、ルーズベルト初の3選
1941年
(昭和16年)
6月22日 ドイツ、ソ連侵攻
7月18日 第3次近衛内閣成立(第39代首相)
7月28日 日本軍、南部仏印に進駐
10月18日 東条英機内閣成立(第40代首相)
12月8日 海軍機動部隊、ハワイ真珠湾を奇襲。大東亜戦争(太平洋戦争)開戦


表8-10  東アジア共同体構想への深入りとアメリカとの対決?
2009年
(平成21年)
9月 鳩山由紀夫内閣発足(民主・社民・国民新の連立政権)
2010年
(平成22年)
6月 管直人内閣発足
2011年
(平成23年)
9月 野田佳彦内閣発足
イスラエル単独、またはイスラエルとアメリカの共同、さらには英仏独など他のNATO諸国も加わったイラン攻撃
(核施設への限定攻撃で治まるか?しかしイランが反撃すれば全面戦争?)
アメリカは中東(イラン、イラク、アフガニスタン)にかかりきりになる
アメリカ、イランに弾道ミサイル技術や核技術を移転した中国への批判を強める
民主党政権、アメリカと中国の板ばさみになる?
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2012年
(平成23年)
12月16日 衆議院選挙。民主党大敗、自民党大勝、日本維新の会躍進


 戦前と比較すれば、今回は日米安全保障条約が締結されていることだけが、唯一の救いである。これで、日米の緊張は軍事的衝突まで至る事はあるまい。経済的・政治的衝突は予想はされるが…。
 しかし、世界情勢が急変した場合、アメリカからの圧力により、民主党が厳しい決断を迫られる時が来ないとも限らない。1994年の朝鮮半島危機が、ちょうど日本の政変時である、細川〜羽田内閣の交代時に当たっていたように。
 そんな時に、国民新党はともかく、民主党左派、そして社民党といった政権内の左派グループは、どこまでついてゆくつもりなのか?
 この場合、4つの対応策が考えられるだろう。
●アメリカに積極的に抵抗する(反米気質剥き出し)
●変化を無視する(殻に閉じこもる)
●現状を追認する(社会党・村山内閣と同様のケース)
●民主党から離党する(社民党ならば、連立政権より離脱する)※結局2010年5月、社民党は米軍普天間基地移設問題を契機にして連立政権から離脱した

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               完成まで今しばらくお待ち願います。  m(__)m 




 本項は、渡辺和行『ナチ占領下のフランス』(講談社選書メチエ、1994)を主として参考にした。


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▼ドイツの勢いに呑まれたフランス(1936〜1940年=2008年〜)

 マジノ線についての、兵頭二十八の言及を見てみよう。
 別宮暖郎・兵頭二十八『戦争の正しい始め方、終り方』(並木書房、2003)には、

『別宮 (前略)地勢的にフランスがドイツに隣接しているという悲運は変えられません。このルール侵攻の失敗は、フランスの軍事戦略に大きな影響を与えます。1927年以降、彼らは「マジノ線」といわれる線状の要塞の建設を開始し、フランス陸軍は防衛戦略を優先する方針に転換したのです。
兵頭 フランス版の「万里の長城」ですね
別宮




(前略)最初に防御をせず、いきなり攻勢に出るという考え方も唱えられました。が、そのためには、最新テクノロジーである「装甲戦闘車両」が必要です。この信条を抱いていた、当時としては例外的なエリート将官だったド・ゴールは、戦車中心の機甲師団をフランスは持つべきだと各方面を説得してまわったのですが、当時のフランス陸軍の重鎮であったペタンが「戦場における勝利の鍵は歩兵の血と情熱だ。そして歩兵にとり決定的なのは砲弾とベトン(コンクリート)だ」と、その意見を一蹴しました。
兵頭

(前略)フランス陸軍が「専守防衛」路線に退嬰したのも、イギリスが、対ドイツの「小さな戦争」について、フランスを支持してくれなかったせいなのですね?
別宮

その通りです。その結果、フランスの戦争計画は、ドイツから先制攻撃されることのみを想定するようになりました。フランスの方からドイツ領に出撃していく能力も、また発想も、共に失ってしまったというわけです』(43-46頁)

 とある。
 兵頭氏は「米国発『BMD』が強いる日本防衛産業の解体」(「別冊正論extra.05」産経新聞社、2007)でも、

日本政府は『自由を戦っては守りません』と謳うマッカーサー偽憲法を廃絶できぬがゆえに、核武装も敵地空襲も考え得ない。それで、国民への言い訳としてBMDを導入する他、方途がなかった。
 今の日本の雰囲気は、壮大な『マジノ線』要塞計画によって、対独防衛努力は他にはもうしなくて良いと思い込みたがった、第二次大戦前夜のフランスとよく似ている
」(83頁)

と述べている。

 渡辺啓貴「日本が直面するリアリズム喪失の危機」(「中央公論」2006年7月号)にも、

フランスは空軍や戦車・機甲師団などの軍の近代化で大きく遅れをとっていた。ピエール・コット空軍大臣が当時ドイツの飛行機生産工場を見学して驚愕して戻ってきたことは後々まで語り伝えられた。
 ミュンヘン会談時の仏首相ダラディエは軍備に関わる直筆メモを多数残しているが、軍備に対する不安を繰り返し述べている。軍用機のフランスでの生産の遅れ、それをカバーするためにアメリカに発注する軍用機の実戦配備予定など、数字は対独戦争を悲観視するものばかりだった。
 この軍備の遅れは二十年代の軍縮機運の結末だった。フランスで本格的な再軍備政策が講じられるのは三八年以降であった。他方で、軍事戦略は専守防衛の意識に収斂していった。いわゆるマジノ線心理である。ドイツとの国境四〇〇キロにわたって構築された長大な要塞(マジノ線)はドイツからの侵略の可能性に対してフランス国民を楽観的にさせた(マジノ線心理)。フランスの国境は頑強である。慌てる必要はないという固定観念が定着していた
」(151-152頁)

 とある。
 
 ……このナチス・ドイツとフランス第三共和制の比較は、現在のシナ―中華人民共和国と日本の関係にそっくりではなかろうか。
 フランスは近代軍事テクノロジー(当時のそれは、戦車を中心とする機甲師団と、そして飛行機だ)に遅れをとって、ドイツに先制攻撃する能力を持てず、逆にドイツの先制攻撃を受けてしまうのだが(1940年のドイツ軍のフランス侵攻)、現代の日本は、その軍事アレルギーのために近代軍事テクノロジーに遅れをとって、シナに先制攻撃する能力を持てず、逆にシナの先制攻撃を受けてしまうのかも知れない。場所は尖閣諸島か、沖縄か、あるいは南シナ海になるのか。

 関連する年表は、以下のようになるか。

表8-11    第2次世界大戦前の独仏関係史
 1922、1、11 仏軍、ベルギー軍と共同で独ルール工業地帯を占領
 1924、9、1  仏・ベルギー軍、ルールより撤退
 1930?31? マジノ線建設開始
 1932     シャルル・ド・ゴール(当時仏陸軍中佐)、著書『剣の刃』を刊行
 1935、4、11 英仏伊、ストレーザ会議開催
 1936      マジノ線竣工
 1936、6、4  仏、レオン・ブルム人民戦線内閣成立(〜1937、6)
 1937、5、28 英、ネビル・チェンバレン内閣成立(〜1940、5)
 1937、6、4  日、近衛文磨内閣成立(〜1939、1)
 1938、4、10 仏、第3次ダラディエ内閣成立(〜1940、3)
 1938、9、29 ミュンヘン会談(独ヒトラー、伊ムッソリーニ、英チェンバレン、仏ダラディエ。〜9、30)
 1938、10、27 人民戦線内閣崩壊
 1939、9、1  独軍、ポーランド侵攻
 1939、9、3  英仏、独に宣戦布告。第2次世界大戦開戦
 1940、5、10  独軍、ベルギー・オランダ・ルクセンブルクを経由してフランスに侵攻
 1940、6、10  伊、英仏に宣戦布告
 1940、6、14  パリ陥落
 1940、6、22  フランス、休戦協定に調印

▼勃興する中国は普仏戦争前のドイツと同じか(1937年=2009年)
 伊藤貫『中国の核が世界を制す』(PHP研究所、2006)の第2章第5節(135頁〜)では、現在のシナ―中華人民共和国は19世紀のドイツと類似点が多いことを近年欧米の学者が指摘している、と紹介している。また、同書137頁以降では、特に1871年以降のドイツと類似点が多いことが指摘されている。
 しかしわたくしは、現在の中国と対称されるべきなのは、同じ19世紀のドイツでも、1871年以降、すなわち近代70年サイクル第3周期のドイツではなく、1871年以前、近代70年サイクル第2周期(1815〜71)のドイツだろうと考えている。
 現在の中国と、近代70年サイクル第2周期のドイツの対称されるべき点を表にまとめると、以下のようになろう。
 

表8-12    近代70年サイクル第2周期のドイツと、第4周期の中国の対称
対称されるポイント ドイツ 中国
隣国 陸続きの隣国・フランス 海を隔てた隣国・日本
外国に国土を蹂躙され続けた 30年戦争(1618〜48)
スペイン継承戦争(1701〜13)
オーストリア継承戦争(1740〜48)
7年戦争(1756〜63)
アヘン戦争(1840〜42)
アロー戦争(1856〜60)
清仏戦争(1884〜85)
日清戦争(1894〜95)
義和団事件(1899〜1901)
日露戦争(1904〜05)
最終的に周期境界大戦で荒廃した ナポレオン戦争(1799〜1815) 支那事変(日中戦争)(1937〜45)
その周期境界大戦を起こした国 フランス 日本
周期境界大戦を起こした国が建国した傀儡国家 ライン同盟(1806〜13) 満州国(1932〜45)
南京国民政府(汪兆銘)(1940〜45)
周期境界大戦において、海の向こうの世界大国に援助された イギリス アメリカ
周期境界大戦後、強力な指導者が現れた ビスマルク(鉄血政策)(首相1862〜90) ケ小平(改革開放政策)(最高指導者1978〜97)
民族の統一問題を解決するための戦争 普墺戦争(1866) 台湾侵攻?
周期境界大戦を起こした国に対する復讐戦争 普仏戦争(1870-71) 対日戦争?

 というわけで、台湾問題が普懊戦争と対称される危険がある。
 李登輝は鄭成功の役割を果たすことになるのか?…日本に救援を求めるが、台湾の住民の意思により中国に併合されてしまうのだろうか?
 ドイツのチェコ侵攻は台湾戦争と対称されるか?…何しろ“民族自決”だからだ。「大陸に住んでいるのも、台湾に住んでいるのも、同じ漢民族である」という理屈を、中共は使ってくるだろう。
 ドイツは、普仏戦争と普仏戦争の2つの戦争に勝利して、大国の立場を獲得したというのが、世界史における一般的な解釈だろう。
 わたくし(管理人)の近代70年サイクル史観からすると、bUで前述した通り、挑戦国として世界史のメインステージに登場したのである。
 となれば、日本の立場は大変微妙になる。日本は、中国(ドイツ)に対して、最後に痛い目に遭わせている(ナポレオン戦争―支那事変)ので、フランスの立場だと置き換えるべきだろう。
 無論、島国という共通点で考えるならば、フランスよりもイギリスとした方がぴったりと当てはまるのだろうが、表8-16に述べた過去の因縁からすると、イギリスよりはフランスと対称した方がぴったりくると思うのである。

 他にも、
 ・フランスは人口の減少が始まっていた
 ・日本も少子高齢化が進行している

 といった共通点がある。
 服部晴彦・谷川稔『フランス近代史』(ミネルヴァ書房、1993)には、


「一九世紀にイギリス、ドイツ、イタリアなどの人口はそれぞれ二ー四倍に増加し、英・独両国はフランスを上回る人口を擁するに至ったのに対し、フランスの人口は一九一三年で四〇〇〇万足らず、アルザス・ロレーヌを加えても四〇〇〇万強にすぎなかった。一世紀で四分の一近く増えたのであるから、停滞的とはいえないであろうが、増加が緩慢だったことは事実である。
 この緩慢さの主な原因は出生率の低下にある。フランスの出生率は一八三〇年代から連続して三〇パーミルを下回るようになり、とくに一八八〇年代以降急速に下落する。この低下はもっぱら産児制限の普及によるものであり、フランス社会のこの面での先進性を示すものといえよう。問題はこうした人口変動と経済発展との関連であるが、経済の停滞が出生を抑制したと考えるのは妥当ではない」
(133頁)
「第二帝政期にかろうじて二六パーミル前後の水準を保っていた出生率は、一八七〇年代末から急激な下落に転じ、その結果人口の伸びは世紀末までほとんど停滞した。二〇世紀に入ると死亡率の低下からいくぶん増勢をとりもどしたが、フランスの人口が再びある程度の成長をみるには一九四五年を待たねばならない」(178頁)


 とある。
 フランスの人口停滞・漸減の件は、前述した、渡辺啓貴「日本が直面するリアリズム喪失の危機」(「中央公論」2006年7月号)にも、

この時期のフランスはイモビリズム(退嬰主義)という言葉で表現される。この言葉は当時の人口減少・停滞に象徴的に示されていた。二〇年代から三〇年代末までにフランスの人口はわずかに二〇〇万人増えただけだったが、それは東欧や南欧からの移民の数だった。実際には、フランス人の人口は減っていた。社会一般に現状維持的で停滞的な精神状態が蔓延した」(149-150頁)

 と述べられている。
 中島さおり『なぜフランスでは子どもが増えるのか』(講談社現代新書、2010)では、

いま、いち早く少子化を脱却したように見えるフランスは、どの国にも先駆けて、少子化問題を意識した少子化先進国だったのだ。どのくらい進んでいたかというと、なんと一九世紀を通じて、他のヨーロッパ諸国にそんな傾向がまったく見られない頃から、人口減少に悩んでいたのだから年季が入っている。そのため、当然のことながら、人口政策の歴史も古い。
 まず、一八七一年に普仏戦争に負けたときに、『国力をつけるために出産奨励策を』という意識は最高潮になり、この流れが二〇世紀前半を支配する。
 とりわけ一九三〇年代は、新たな出生率低下に悩み、出産奨励が声高に謳われた。日本も太平洋戦争中は、『産めよ増やせよ』の露骨な多産奨励政策がとられたように、帝国主義時代の国家ナショナリズムはどこでも同じように自国民を殖やしたがったようだ。フランスは帝国主義先進国でもあるから、人口減少が由々しき問題として意識されたのも早かった
」(170-171頁)

 と述べられている。
 このフランスの様子は、現代の日本と相似しているのではなかろうか。
 参考として、ウィキペディアの「歴史上の推定地域人口」を参考にしてみよう。すると、独仏の人口の増減は、

(年) 1700 1750 1800 1850 1875 1900 1925 1950
フランス 22000 24000 29000 36000 38000 41000 40000 42000
ドイツ 13000 15000 18000 27000 33000 43000 55000 70000
(単位は総て千人)

となっている。ドイツは1800年以降、特に1875年から1900年までの間に人口が急増し、フランスを追い越したことがよくわかる。


 しかし、日本にとって幸いなことに、無論、相違点もある。
 6でも前述したように、普仏戦争には、旧挑戦国フランスを新挑戦国ドイツが破ったという意味もある。しかし支那事変(日中戦争)当時の日本は挑戦国ではない。近代70年サイクル第3周期における挑戦国は、6でも前述したように、ドイツだった。



▼支那事変と対称されるのは(1937年=2009年)
 支那事変(日中戦争)と対称されるのは、地理的に同じな中国周辺、もしくは北朝鮮なのだろうか?
 もしくは、No.5で満州事変とイラク戦争を対称したが、満州事変が支那事変の遠因となったのと同じく、イラク戦争が次の中東戦争(例えば、アメリカやイスラエルのイラン攻撃か?)を引き起こすことになるのだろうか?
 表にまとめると、以下のようになるか。

表8-13   第2次大戦のナチス・ドイツと現代の中華人民共和国の対称
共通点 第2次大戦・ヨーロッパ戦線 現代・アジア戦線
大戦を引き起こした国 ナチスドイツ 中華人民共和国
陸続きの隣接国 フランス 韓国?
海峡で隔てられた島国 イギリス 日本
世界大国 アメリカ アメリカ
オリンピック開催 ベルリンオリンピック(1936) 北京オリンピック(2008)
世界大戦の前哨戦 スペイン内戦(1936〜39) ジャスミン革命(2011〜)?
同じ民族が居住している国=併合・侵攻目標 オーストリア(1938併合)
チェコスロバキア(1939解体)
台湾?
宥和政策 ミュンヘン会談(1938)


表8-14  第2次大戦の日本と、現代のアメリカの対称
第2次大戦の大陸戦線 現代の中東戦線
日本 アメリカ
満州 イラク
中国 イラン?
満州事変(1931〜33) イラク戦争(2003〜2011)
支那事変(日中戦争)(1937〜45) アメリカ、もしくはイスラエルによるイラン攻撃(?)
※スペイン内戦と対称される事件は北朝鮮での内戦ではないか?についての議論は「▼北京オリンピックはベルリンオリンピックと対称されるか」で、また満州事変とイラク戦争の相似性についての議論は、No.5の「▼満州事変とイラク戦争」で既に行っている。

1、イラン情勢

 1937年=2009年の盧溝橋事件は、あるいはアメリカの対イラン戦争と対称されるのだろうか?
 本当にアメリカがイラン相手に戦争するつもりなら、アルメニア、アゼルバイジャン、トルクメニスタン、アフガニスタン、パキスタンといった、イランにとっての「聖域」(聖域の概念については、兵頭二十八・宗像和広『日本の海軍兵備再考』銀河出版、1995、32頁を参照)を、アメリカは開戦前に掌握しておく必要があるだろう。
 また、イランの首都テヘランにまで侵攻するなら、ペルシャ湾岸、もしくはイラク領内から侵攻するのでは遠すぎる。カスピ海を横断してイラン領に上陸するのが最短ルートとなり、次が、アゼルバイジャン、トルクメニスタン領から侵攻するルートとなる。それには当然アゼルバイジャン、トルクメニスタン、さらにカザフスタンの協力が必要である。さらにこのルートを侵攻するとなると、カスピ海からの原油パイプラインも絡んでくる可能性がある。
 ……これらの記述は、単なる管理人の妄想ではないのである。宇垣大成「これがイラン攻撃計画第1002号だ」(「軍事研究」2006年7月号)には、


「今年(※管理人注、2006年)4月17日付の英ガーディアン紙は、2004年7月の時点で米中央軍がイランに対する机上演習を行っていたと報じており、(中略)同紙の記事によれば、この段階で米中央軍はアゼルバイジャンからイランに至るカスピ海沿いの攻略ルートを検討していたと伝えており、作戦発動の年を2015年と想定していたと述べている」


とある。

 兵頭二十八氏は、「正論」2007年2月号のコラム「Closs Line」において、


「かつてレーガン米政権は、石油関係の諸規則を緩め、石油の国際価格を下げてしまうことで、政治的ライバルのソ連を追い詰めた。ソ連が外貨を稼げる商品は、ただ石油のみだったからである(武器も輸出していたけれども、見返り援助が超過するのが常で、石油のように外貨は稼げない)(※管理人注、同様の議論は1の「▼ドイツとソ連ー“挑戦国”の体制崩壊」でも前述した)。
 石油輸入国になった今のシナをやっつけようと思うなら、米政府は二十年前とは逆に、石油の国際価格を上昇させるだけでよい。北海油田の枯渇が迫っているので、米政府が何もしなくても、石油は暴騰する。アメリカがシナと北朝鮮を放っておき、中東政策を最優先にしているのは、この見通しがあるためだ。もちろんロシアも、その日を鶴首して待っている。
 石油が暴騰すると、産油国のイランも無駄に富裕化して、原爆のマスプロ化に乗り出すだろう。そこで、イスラエルが早めにイランを空爆するのがアメリカの国益に適う。二〇〇七年中にあり得る、イランの核インフラの壊滅が、高価格石油時代の幕を開ける合砲になるのかもしれない」



 と述べている。
 また、兵頭二十八の2006年12月10日のブログにも、


「もうじき石油パニックが来ます。イスラエルがイランを核攻撃すれば石油パニック。何もなくたって、シナの経済発展と、北海油田の枯渇で、石油は値上がりすることに決まっていました。それが急に上がれば、シナは一夜にしておしまいだ。だから北鮮なんかよりもイラン優先なのは当然です」


とある。
 これを傍証(ぼうしょう)してくれる書籍としては、吉崎達彦『1985年』(新潮新書、2005)がある。同著には、


「ソ連経済が急速に悪化した理由の一つに、石油価格の下落がある。(中略)ソ連では、石油安はボディブローのように効いた。逆にいえば、70年代のソ連が世界各地で活発な軍事活動を展開できたのは、石油高に助けられていた側面があった。冷戦期のソ連は、東欧など自国の勢力圏に対してもエネルギー供給を行っていたが、実は石油こそが力の源泉だったのである」(77‐79頁)

 とある。
 芥田知至『図解入門業界研究 最新石油業界の動向とカラクリがよ〜くわかる本』(秀和システム、2008)にも、


原油価格の低迷が続いたことがソ連の財政状況を苦しくし、冷戦のための軍事支出を維持できなくなった一因ともされています」(31頁)


 とある。
 では、アメリカが行うのかイスラエルが行うのかは不明だが、イランに対する攻撃のスケジュールを具体的に予測することは出来るのだろうか?
 支那事変(日中戦争)とイラン攻撃が対称される出来事かも知れない…というのは前述した。支那事変は1937年8月に始まったので、イラン攻撃は2009年夏ごろに起きるのだろうか?
 しかし、アメリカやイスラエルはイラン攻撃は行わないだろうと、反対の予測をすることも出来る。「▼北朝鮮は崩壊するのか」の項でも後述するが、米軍は、中国の最初の核実験(1964年10月16日)、イスラエルの最初の核実験(不明)、インドの最初の核実験(1974年5月18日)、パキスタンの最初の核実験(1998年5月28日)、北朝鮮の最初の核実験(2006年10月9日)の時にも先制攻撃は行なわなかった。これらの国々の核兵器の保有を事実上、黙認してきたのである。



■イラン攻撃ならイスラエルと米軍基地を破壊=イラン高官(2008年7月13日)
http://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPJAPAN-32718920080713

[テヘラン 12日 ロイター]
 イラン政府高官は12日、仮にイランが核開発問題をめぐって攻撃された場合、イスラエルと中東の米軍基地32カ所をミサイルで破壊すると警告した。イランのファルス通信がモジュタバ・ゾルノウル氏のスピーチでのコメントを引用し伝えた。ゾルノウル氏は、同国の最高指導者ハメネイ師の側近。
 イスラエルは先月、軍事飛行演習を実施し、イランの核施設への攻撃への憶測を呼んだ。一方、イランは今月に入り複数のミサイル発射実験を行い、同地域では緊張が高まっていた。




イランのミサイル、2015年までに米射程圏の可能性=米国防総省(2010年4月19日)
http://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPJAPAN-14902320100420?rpc=122

[ワシントン 19日 ロイター]
 米国防総省によると、イランは2015年までに米国に到達する長距離ミサイルを製造できるようになる可能性がある。同省のイラン軍事事情に関する非機密文書が19日、議会に提出され公開された。
 ロイターがコピーを入手した4月付の同リポートでは「イランは、国外からの十分な支援を得られれば、おそらく2015年までに米国に届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)を開発し試射できる」としている。
 また、イランの核プログラム、および核兵器開発の可能性を維持しようとする姿勢は、同国の抑止戦略の核心だと指摘した。
 同リポートは、機密扱い版も議会に提出されている。
 米当局者によると、同リポートの内容が、イランは2015─20年までは長距離ミサイルを保有する可能性は低いとしていた2009年5月の「国家情報評価」(NIE)から更新されたものかどうかは現時点で不明。
 米国は1月、イランからのミサイル飛来を想定したミサイル迎撃実験に失敗している。



 …しかし、例えアメリカやイスラエルがイランを攻撃せずとも、イランを主軸にした戦争が開始される可能性はもう1つあると、管理人は考えている。すなわち、第2次イラン・イラク戦争の可能性である。
 2008年11月のアメリカ大統領選挙で民主党のオバマが勝利したので、米軍のイラクからの段階的な撤退が行われることになった(5の「▼満州事変とイラク戦争(1931年=2003年)」参照)。

表8-15   アメリカの、ベトナム戦争末期とイラク戦争末期の比較
ベトナム戦争末期 イラク戦争末期
1972、11 米大統領選挙。ニクソン再選
1973、1  ベトナム和平協定調印
    3  ベトナムからの米軍撤退完了
    10 第4次中東戦争開戦
    10 第1次石油ショック
2008、11  米大統領選挙。オバマ当選
2009、2   オバマ大統領、イラク駐屯中の米兵のうち、全戦闘部隊約10万人を2010年8月末までに撤退させ、残留する部隊も2011年末までにイラクから全面撤退させる方針を表明
2010、8、19 イラク駐留米軍の最後の戦闘部隊が撤退完了
2011、12 イラクからの米軍撤退完了
          ↓
    ? 米軍、イラン攻撃?
          ↓
    ? 第3次石油ショック?


米大統領:イラク戦争終結を宣言 陸軍基地で演説 - 毎日jp(毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/world/news/20111215k0000e030163000c.html…リンク切れ

 【ワシントン白戸圭一】オバマ米大統領は14日、米ノースカロライナ州のフォートブラッグ陸軍基地でイラク帰還米兵を前に演説し、「イラクの未来は国民の手に委ねられる。今日をもってイラクでの米国の戦争は終わる」と述べ、2003年3月から続いてきたイラク戦争の終結を宣言した。旧フセイン政権による大量破壊兵器開発を理由にブッシュ前米政権時代に開始され、国際社会の分断を招いた戦争は8年9カ月を経て幕を閉じる。
 来年の大統領選で再選を目指すオバマ大統領は、演説で「お帰りなさい」と帰還兵に呼びかけ、「数日中に最後の部隊がイラク出国を始め、米軍の歴史で最も特別な一章が幕を閉じる」「イラク戦争は間もなく歴史の一部になる」と述べ、公約に掲げたイラクからの撤収完了を誇示した。バグダッドでは15日に米軍部隊の旗を降ろす式典が開かれる予定だ。
 大統領は2009年1月の就任前にはイラク戦争に反対していたが、演説では「我々は、安定し、民衆に選ばれた政府を持つイラクを去る」と述べ、イラク民主化の成果を強調した。一方で「戦争終結は開戦より難しい」とも語り、イラク治安部隊への権限移譲が困難だったことを認めた。
 米国防総省によると、イラク戦争には約150万人の米兵が投入され、4487人(13日現在)の米兵・米文官が死亡。イラクの民間人犠牲者数は非政府組織「イラク・ボディー・カウント」が10万4080〜11万3728人と推計しているが、正確な数は分かっていない。
 大統領は演説で「戦争の代償を肝に銘じている」と犠牲者に弔意を表明、「戦争にはさまざまな困難があった。国内でも賛否両論があった」と述べ、内外で広がった反戦世論にも言及した。開戦理由とされた大量破壊兵器は発見されず、混乱でイラクが「国際テロの温床」と化したこともあり、米国の国際的地位の低下を招いた。
 オバマ大統領は就任後、14万4000人だったイラク駐留米軍の段階的撤収に着手し、2010年8月に戦闘部隊の撤収を完了した。その後、約4万人の米兵がイラク治安部隊の訓練などに従事。米政府内には駐留継続を望む声があったが、大統領が2011年10月に年内の完全撤収を決断した。

毎日新聞 2011年12月15日 10時53分


米軍最後の部隊がイラク撤退完了、約9年にわたる戦争終結 | Reuters
2011年12月19日 09:39 JST
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE7BI00C20111219
[K-CROSSING(クウェート) 18日 ロイター]
 イラク駐留米軍は18日、最後の部隊が隣国クウェートに出国し、撤退を完了した。2003年3月に始まったイラク戦争では、約9年間で米兵約4500人と少なくとも6万人のイラク人が犠牲となった。
 米兵約500人を乗せた武装車両約100台は同日朝、イラク南部の砂漠地帯をクウェート側に越境。米兵らはクラクションを鳴らし、沿道の兵士らに手を振るなどして撤退完了を喜んだ。
 米軍は撤退するものの、イラクはなお政治的には不安定。イスラム教のシーア派、スンニ派、クルド民族が合意した権力分担は既に行き詰まり状態にあり、シーア派主導の政府がスンニ派の副首相を更迭するよう議会に求めたほか、治安筋によると、スンニ派の副大統領に対する逮捕状も出されているという。


 しかし、果たして、新編されるイラク軍が独自に治安情勢を改善させることが出来るのかという問いには、現時点においては否定的な見方を示す人が大勢を占めると思う。
 というわけで、米軍という巨大な圧力が後退して、空白域となるイラクに対してイランが侵攻する…という可能性は、なきにしもあらずだと思われる(しかしその場合、米軍は間違いなくイラクにUターンし、イランと交戦すると思われるが)。



 さらに2011年に入ると、イランは原油の海上輸送の重要地点であるホルムズ海峡の封鎖をほのめかすようになって来た。

イラン、追加制裁ならホルムズ海峡封鎖・原油輸送停止と警告 | Reuters
2011年12月28日 08:58 JST
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTJE7BQ01220111227

[テヘラン/ニューヨーク 27日 ロイター]
 イランは27日、同国の原油輸出に対し制裁措置が加えられた場合には、ホルムズ海峡を封鎖し原油輸送を停止させると警告した。
 国営イラン通信(IRNA)の報道によると、ラヒミ第1副大統領は「彼ら(西側諸国)がイランの原油輸出に制裁を課すなら、原油一滴たりともホルムズ海峡を通過させない」と述べた。
 イラン軍は24日からホルムズ海峡で10日間の演習を行っている。
 国際原子力機関(IAEA)は11月、イランに核兵器製造の疑いがあるとする報告書を発表。それ以降、西側諸国はイランへの圧力を強めており、欧州連合(EU)は1月の次回会合までに、イラン産原油の禁輸措置を含め、追加制裁措置を実施するかどうか決定するとしている。
 米エネルギー省エネルギー情報局(EIA)によると、2009年に海上輸送された原油のおよそ3分の1がホルムズ海峡を通過している。
 実際に封鎖すれば、湾岸産油国に原油を依存する国とイランとの間で、軍事的緊張が高まる恐れもある。だが封鎖すれば、イラン自身が受ける経済的被害も輸入国と同様に大きいことから、一部では決定には慎重を期すとの見方も出ている。
 また、業界関係者によると、サウジアラビアなどペルシャ湾岸の石油輸出国機構(OPEC)加盟国は、追加制裁でイラン産原油の欧州への輸出が止まれば、その分を補う用意がある、との姿勢を示唆している。
 米国務省は、イランからの警告について「空威張り」と一蹴するとともに、米国は原油の自由な輸送を支持している、との姿勢を強調した。
 同省のトナー報道官は「核に関する国際的な責務に従っていないという、本当の問題から注意をそらそうとする試みにすぎない」と述べた。
 イランの警告で供給懸念が強まり、原油価格は上昇。北海ブレント先物2月限は1.31ドル高の1バレル=109.27ドル(清算値)。米原油先物2月限は1.66ドル高の同101.34ドルで、期近物の清算値としては、11月16日以来の高水準となった。



米国防長官、イスラエルがイラン攻撃する可能性高まる=報道 | Reuters
2012年2月3日 12:28 JST
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE81K21D20120203
[ワシントン 2日 ロイター]
 米メディアは2日、パネッタ米国防長官が、イスラエルがイランの核兵器開発を阻止する目的で4月にもイランを攻撃する可能性が高まっていると考えている、と報じた。
 最初に報道したのはワシントン・ポスト紙。パネッタ長官が、イスラエルが今後数カ月の間にイスラエルが攻撃に踏み切る可能性が高まったことを懸念している、と同紙のコラムニストが書いた。CNNは、ワシントン・ポストの記事をオバマ政権の高官が匿名を条件に確認したと報じた。
 ワシントン・ポストの報道について、パネッタ長官、国防総省はともにコメントを差し控えた。


イラン核阻止、軍事攻撃期限は来春…イスラエル (読売新聞) - Yahoo!ニュース
読売新聞 2012年9月28日(金)11時31分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120928-00000489-yom-int(リンク切れ)

 【ニューヨーク=柳沢亨之】イスラエルのネタニヤフ首相は27日の国連総会一般討論演説で、イランの核開発を巡り、ウラン濃縮度が核兵器転用可能な段階に近づく来年春ごろを、イランとの交渉に見切りを付けて軍事攻撃に踏み切る期限とすべきだとの考えを示した。
 対イラン攻撃の具体的な期限を提案したのは初めて。期限設定に反対する米オバマ政権に方針転換を迫り、イランへの圧力を高める狙いとみられる。
 演説でネタニヤフ首相は、これまでの米国などによる経済制裁がイランの核開発を止められなかったと指摘。「核爆弾入手を平和的に防ぐ唯一の方法はレッドライン(越えてはならない一線)の明示だ」と述べ、イランに軍事介入する期限を設けるよう主張した。首相は、イランが進めているウラン濃縮の見通しを、図表を使って説明。濃縮度70〜90%の高濃縮ウラン生産が「来春か来夏までに完了する」との見通しを述べ、これを軍事行動に踏み切る期限にするべきだと主張した。

最終更新:9月28日(金)11時31分


対イラン攻撃に「基準」 イスラエル、核開発阻止へ (産経新聞)
2012.9.28 22:13
http://sankei.jp.msn.com/world/news/120928/mds12092822140002-n1.htm

【ワシントン=犬塚陽介】イスラエルのネタニヤフ首相は27日、国連総会で演説し、イランの核兵器開発は来夏までに最終段階に入ると警告、国際社会の「レッドライン(越えてはならない一線)」としてウラン濃縮の完了を阻止するよう訴えた。米国に軍事行動を始める実質的な「基準」の設定を迫る内容だが、そもそもオバマ政権は核施設攻撃に懐疑的だ。いったん基準を設定すれば、軍事行動に引きずり込まれる事態にもなりかねず、イスラエルとの見解の相違をめぐり、駆け引きが一段と強まりそうだ。
 ネタニヤフ首相は演説で、イランのウラン濃縮は早ければ来春、遅くとも夏までに「最終段階」に到達すると分析し、ウラン濃縮を終えて起爆装置の開発に踏み出せば、その後「1年以内」に核兵器は完成すると述べた。
 一方で、イランは軍事行動の脅威に直面すれば、核開発から「撤退する」と指摘。レッドラインは「いつイランが核兵器を持つかではなく、どの段階で保有を阻止できなくなるかだ」と述べ、各国に「切迫感を持ってほしい」と訴えた。
 だが、オバマ大統領は、軍事行動を排除しないとする一方で「外交で解決する時間があると信じている」と述べ、イスラエルと一線を画す姿勢を崩さずにいる。
 オバマ政権はイランが核開発施設を分散し、すでに一部を地下に移動させたとみている。
 仮に攻撃しても完全破壊は困難との見方は強く、軍事専門家も「開発を数年、遅らせる効果しかないだろう」と指摘する。
 一方で、軍事攻撃後に見込まれる中東情勢の不安定化や原油価格の上昇は「世界を大混乱に陥れる引き金を引き、米国を中東の新たな戦争に引きずり込む」(米紙ワシントン・ポスト)との恐怖感は強い。
 イスラエル紙ハアレツは27日、米国主導の経済制裁でイラン国内の物価上昇が著しく、国民の不満が政府に向かっているとの報告書をイスラエル外務省がまとめたと報道した。
 追加制裁でイランを追い込めるとの見方もあり、イスラエル政府の見解も一枚岩ではない。
 だが、元国務省高官のアーロン・デビッド・ミラー氏は、オバマ大統領とネタニヤフ首相は両国の歴史で「最も機能不全の関係」と指摘。大統領は首相を政治的理由で危機をあおる「詐欺師」、首相は大統領を「指導力なし」と互いに不信感を抱いており、大きな歩み寄りは望めないのが現状と分析している。



■イラン情勢の参考サイト…
Yahoo! JAPAN「イラン核開発問題 - Yahoo!ニュース」「ホルムズ海峡封鎖危機 - Yahoo!ニュース
産経新聞社「トピックス:国際 イラン
ロイター「特集 イラン情勢

日経編集委員・春原剛氏のコラム「NET EYE プロの視点 21世紀のアメリカ外交と国際情勢」(リンク切れ)より…
2004年11月1日「米で高まる「イランの核」脅威論」(リンク切れ)
2006年2月20日「オシラクの悪夢、再び…」(リンク切れ)

元防衛庁審議官・太田述正氏のコラムより…2008年9月26日「当分なくなった対イラン攻撃

週刊オブイェクト…2010年2月10日「対イラン戦争の可能性

ホルムズ海峡で懸念される米国とイランの偶発的衝突 」(nonreal) - BLOGOS(ブロゴス)


■イラン情勢の参考記事・・・
「イランにも手焼く米国」(「選択」2006年4月号)
稲坂硬一「イランの核開発とハマスのパレスチナ」(「軍事研究」2006年5月号)
宇垣大成「これがイラン攻撃計画第1002号だ」(「軍事研究」2006年7月号)
稲坂硬一「イラン核開発とイスラエル空爆作戦」(「軍事研究」2010年1月号)
「『対イラン開戦』の条件整う」(「選択」2010年3月号)
「ホルムズ海峡『危機』の真相」(「選択」2012年2月号)
「イスラエルの『イラン空爆』必至」(「選択」2012年3月号)
石川潤一「緊急検証! 一触即発のイラン情勢 核開発疑惑が招く軍事衝突の危機と強力イラン空軍について」(「航空ファン」(文林堂)2012年4月号)

2、イランを除くイスラム情勢

 あるいは、支那事変はパキスタンのムシャラフ大統領の暗殺と混乱(内戦?)、そして印パ戦争と対称されるか?
 支那事変で中国にアメリカ(とドイツ)が武器輸出して援助していたように、アメリカと戦争するパキスタンに中国が武器輸出して米中戦争の遠因となるのだろうか?
 支那事変においてアメリカが義勇航空部隊「フライング・タイガース」を参加させ、これが日本軍と対戦し、間接的に中国大陸で日米が交戦状態となったように、中東でのアメリカの対テロ戦争に、もしも中国・ロシアが義勇部隊を送り込めば、それだけでアメリカの反感を買い、米中戦争の遠因にならないのか?

 日本は中国大陸で泥沼にはまってしまったが、では現在において日本の軍事面での代理人らしいアメリカは、イラク戦争以降、イスラムの泥沼にはまってしまっているのだろうか?
 しかし、単にイスラムと言っても区域は広い。西のリビアから、パレスチナ、サウジ、イラク、イランを経て、東はインドネシアにまで至るのだから。
 しかも日本は太平洋戦争に敗北して中国大陸から撤退を余儀なくされたが、アメリカは石油を確保したいのなら、そう簡単にイスラム圏から撤退はできないだろう。

 イラク、イラン、アフガニスタンなどの諸国は、中国でいうところの「軍閥」に該当(対称)するのだろうか?
 とすれば、米軍との15年戦争後、イスラム諸国は、昔の“イスラム帝国”ではないが、諸国による“緩やかな連合体”を作るのだろうか?
 しかしイスラム諸国には、処刑されたサダム・フセインや故アラファトはじめ、カダフィ(しかしリビアは2003年12月になって大量破壊兵器の開発放棄を宣言したが)、ムバラクなど、我の強い指導者たちばかりが揃っている。彼らの誰かが盟主になって“緩やかな連合体”を作るのか、疑問である。
 そもそも、中国は列強による侵略以前は統一国家だったが、イスラム諸国が統一国家だったのは、少なくともオスマン・トルコにまでさかのぼらなくてはならないのである。
 また、イスラム諸国が中国と対称されるのなら、いずれかの時点で蒋介石や毛沢東のような存在が出現して、国土の統一へと導かなくてはならないが、その役目は誰なのだろうか?まさかオサマ・ビン・ビンラディンではなかろうな。※オサマ・ビン・ビンラディンは2011年5月に米軍の攻撃により死亡した。


 ……そうこうしているうちに、2011年が明けると、チュニジアとエジプトで民主化運動が大規模化し、政権が相次いで倒れる事態にまで至った。いわゆる「ジャスミン革命」(ジャスミンは最初の震源地チュニジアの国花)である。これも“次の戦争”への導火線、起爆剤のひとつなのだろうか。

表8-16    2011年の中東の民主化革命
チュニジアで反政府の民主化運動高まる
1月14日 チュニジアのベン・アリ大統領、国外へ脱出しサウジアラビアへ亡命
エジプトでも反政府の民主化運動高まる
2月2日 エジプトのムバラク大統領、9月の次期大統領選挙への不出馬を表明。しかし民主化運動は収まらず
2月12日 ムバラク大統領、辞任表明
2月13日 ムバラク政権の崩壊で実権を掌握したエジプト軍最高評議会、人民議会(国会)などを解散、憲法を停止したと発表。新政権発足までの移行期間は今後6カ月間、または次期大統領選などが実施されるまで
リビアでも反政府の民主化運動高まる
2月〜10月 カダフィ大佐率いる政権側と反政権側の、事実上の内戦状態に突入
3月 NATO軍、リビア空爆開始
8月 反政権勢力、首都トリポリを制圧。カダフィ大佐行方不明
10月20日 カダフィ大佐死亡



シリアめぐる最悪のシナリオ、米露の代理戦争に発展も | Reuters
2012年2月9日 08:17 JST
http://jp.reuters.com/article/mostViewedNews/idJPTYE81K2TA20120208?sp=true

[ワシントン 7日 ロイター]
 混迷を深めるシリア情勢をめぐり、米国のオバマ政権が最悪のシナリオも検討し始める中、シリアの内戦が「アラブと西欧諸国」対「ロシアとイラン」の代理戦争に発展しかねないと指摘する声もある。
ワシントン近東政策研究所のシリア専門家であるアンドリュー・タブラー氏は「中東諸国の中には今後、(反体制派の)自由シリア軍に味方する国も出てくる。すでにレバノンからシリアに武器が流入しているし、ヨルダンやトルコ、イラクやロシアからもますます入ってくるだろう。誰もがシリア情勢に関与し始めることになる」と語る。
 米当局者はシリア政策について、軍事的役割を担うことは望んでおらず、反政府勢力への支援と避難民への人道的援助に重点を置いていると強調する。一方、ロシアとイランは、シリア政府に改革を促すものの、西側がアサド政権を退陣させようとする動きには反対している。
 米政府内には、シリアの状況が冷戦時代のような代理戦争へと向かっているのではと危惧する者もいるという。

<複雑なパズル>
 冷戦時代、米国とソ連は、中南米やアフリカ、アフガニスタンなどで、それぞれの同盟国や反政府武装勢力に武器を提供し、代理戦争を行った。
 11月に大統領選を控えるオバマ米大統領は、同盟国のイスラエルやトルコ、ヨルダンなどの脅威となりかねないシリアに深く関与することは避ける姿勢を見せている。アサド政権に圧力をかけるべく経済制裁は科しているものの、同大統領は今週、NBCテレビに対し「武力介入せずに解決しようとすることが非常に重要であり、それは可能だと考える」と語り、昨年リビアのカダフィ政権に対して行ったような軍事介入を否定した。
 一方、シリアに武器を輸出し、同国の港湾都市に軍の基地も構えているロシアは、シリア政府への支援を後退させるそぶりは見せていない。ラブロフ外相は7日、シリアの首都ダマスカスを訪問し、アサド大統領と会談。同大統領が暴力停止に向け努力しており、間もなく新たな政治改革を公表するだろうと語った。
 また、イランもシリアを支援する国の1つ。シリアは、イランがレバノンのイスラム教シーア派組織「 ヒズボラ」を支援するのをずっと助けてきた。

<待ち受けるリスク>
 これまでのところ、米国のシリア政策は限られているように見える。ロシアと中国が国連安全保障理事会でシリア非難決議に拒否権を行使した後、クリントン米国務長官は、たとえ安保理の支持がなくとも、米国は同盟国と協力してシリアへの制裁を強化し、同国の民主化を支援していくと強調した。
 しかし、多くのアナリストは、シリアで今以上に暴力が拡大すれば、米国と西側諸国はさらなる対応を迫られるかもしれないと指摘する。その場合、直接的に軍事介入しなくても、大きな政治的リスクを伴うことになる。
 米国務省のヌランド報道官は、シリア反体制派への武器提供は解決策にはならないとし、「答えは、暴力を停止させるために民主的な対話に導くことにある」と語った。
 一方、ブルッキングス・ドーハ・センターの中東専門家シャディ・ハミド氏は、この発言を希望的観測だと一蹴。「シリア政府は最後の血の一滴が流れるまで戦いを続けるだろう。政治的解決には楽観的になれない」とし、国際社会は軍事介入の可能性について、もっと積極的になるべきだと主張した。
 しかし、代理戦争に向かうと全ての専門家が考えているわけではもちろんない。イラクやアフガニスタンでの長期にわたる負担で米世論には厭戦(えんせん)感があり、代理戦争への突入はオバマ大統領にとって政治的リスクになるからだ。
 また、ワシントンにある戦略国際問題研究所のシニアアナリスト、アンソニー・コーデスマン氏は、米国の懸念がロシアの共感を得る可能性もあると指摘。ロシアがシリア決議案に拒否権を行使したからといって、アサド政権を永久に支援するとは限らないという。
 コーデスマン氏は「(シリアには)危機にさらされているロシアの利益があるが、それは死活的な利益ではない」とし、「ロシアは決定的な影響力を示すようなやり方を模索しているはずだ。しかし幅広い安定化も望んでいる」と語った。




アフガン駐留米軍、戦闘任務は2013年に終了へ=米国防長官 | ワールド | Reuters
2012年2月2日 17:08 JST
http://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPTYE81K1VV20120202
[ブリュッセル 1日 ロイター]
 パネッタ米国防長官は1日、アフガニスタン駐留米軍の戦闘任務を2013年の終わりまでに終了させ、アフガン治安部隊の訓練・支援任務に移行させる方針を示した。米国が戦闘任務の終了時期を明確にしたのは初めて。
 パネッタ長官は、北大西洋条約機構(NATO)国防相会議に向かう途中の機内で、「われわれの目標は、2013年に移行を完了させること。2013年半ばもしくは後半にも、戦闘任務から訓練・支援任務に移行できればと考えている」と語った。
 アフガン駐留米軍は、NATO主導の治安部隊13万人のうち9万人を占める。アフガンでの米兵犠牲者は2001年に米国が攻撃を始めて以来、1890人に上っている。
 一方、兵士3600人が駐留するフランスは、仏兵4人がアフガン兵に殺害された事件を受けた措置として、期限を前倒しして2013年末までに駐留仏軍を撤退させる方針に転換。撤退時期をめぐっては、2010年にリスボンで開かれた首脳会議で、2014年末までに撤退を完了させ、治安権限をアフガン政府に移譲する予定になっていた。



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               完成まで今しばらくお待ち願います。  m(__)m 



 近代70年サイクル第4周期における中国の役目を今のイスラム諸国が受け継ぎ、ドイツの役割は、ロシアから中国が受け継いだらしい。


3、中国情勢

 米中戦争ではなく、中国で内乱が起こるのでは?そこへ米露が介入?
 しかしロシア革命の時とは違い、ソ連崩壊時には欧米は不干渉だったわけだが……。
 中国で内乱が起こるには、天安門事件のようなきっかけが必要だ。
 天安門事件は胡燿邦書記の死去(1989年4月15日)がきっかけだった。
 暴動が中国全土に拡大するには一体なにが必要なのか?(経済恐慌か?)

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■中国情勢の参考サイト・・・
日経編集委員・鈴置高史氏のコラム「NET EYE プロの視点 アジアが変える日本」(リンク切れ)より
2008年5月14日「チャイナ・ハンズが見る日本(5)大衆化した「中国VS世界」」(リンク切れ)
 中国の将来を予測するためにも重要になると思われるのが、台湾との対立である。
 2010年1月29日、アメリカは台湾に対してパトリオット地対空ミサイル(PAC−3)129基、シコルスキーUH-60ブラックホークヘリコプター60機などの供与を決定した。この決定に対し、中国は反発を強めているようである。

▼東アジアの海軍軍拡競争
 日本、韓国、中国が存在する東アジア地域では、地域の経済発展が一段と進んだ1990年代以降、海軍戦力の軍拡競争とも言うべき事態が進行してきた。

●韓国海軍
 1990年代以降に建造された主要艦艇を挙げると、

・浦項(ポーハン)級コルベット24隻(うち1隻は既に退役済み)(満載排水量1220トン、1984〜1993年竣工)(このうちの1隻「天安」が、2010年3月26日、北朝鮮の攻撃により黄海で沈没
広開土大王(クァンゲト・デワン)級駆逐艦(KDX-1)3隻(満載排水量3855トン、1998〜2000年竣工)
忠武公李舜臣(チュンムゴン・イスンシン)級駆逐艦(KDX-2)6隻(満載排水量5500トン、2003〜2008年竣工)
世宗大王(セジョン・デワン)級駆逐艦(KDX-3)3隻(満載排水量10290トン、2009〜2012年竣工予定)
仁川(インチョン)級フリゲート艦(FF)6隻(満載排水量3100トン、2012?〜201?年竣工予定)
張保皐(チャン・ボゴ)級潜水艦(SS)9隻(水中排水量1285トン、1993〜2001年竣工)
孫元一(ソン・ウォンイル)級潜水艦(SS)3隻(水中排水量1860トン、2007〜2009年竣工)
独島(ドクト)級強襲揚陸艦(LSD?LPD?リンク先の「日本周辺国の軍事兵器」では「LPX」としている)1隻(満載排水量19000トン、2007年竣工)

 などとなっている。

●中国海軍
 中国は、1990年代以降、改革開放の進展のペースに伴うようにして、特に海軍の軍拡を進めてきた。沿岸海軍(ブラウンウォーター・ネイビー)から外洋海軍(ブルーウォーター・ネイビー)に成長している過程の途上のようだ。
 1990年代以降に建造された主要艦艇を挙げると、

哈爾浜級(NATOコード旅滬級)駆逐艦(DD)2隻(基準排水量4200トン≪以下各艦のトン数は全て基準排水量≫、1994〜96年竣工)
深セン級(NATOコード旅海級)駆逐艦(DD)1隻(6000トン、1999年竣工)
広州級(NATOコード旅洋T級)駆逐艦(DD)2隻(6600トン、2004年竣工)
蘭州級(NATOコード旅洋U級)駆逐艦(DDG)2隻(中国版イージスシステム搭載、7000トン、2004〜2005年竣工)
瀋陽級(NATOコード旅洲級)駆逐艦2隻(DD)(7000トン、2006〜2007年竣工)
馬鞍山級(054級)(NATOコード江凱級)フリゲイト2隻(3900トン、基準排水量2005年竣工)
舟山級(054A級)(NATOコード江凱U級)フリゲイト4隻(竣工済4隻+建造中2隻。3900トン、2008年〜竣工)
崑崙山級(071級)(NATOコード玉昭級)ドック型揚陸艦2隻(17600トン、2007〜2011?年竣工)


 などとなっている。



 第1次大戦後のドイツの場合も、冷戦後の中国の場合も、軍備拡張の後援を、ソ連〜ロシアが引き受けている。
 ドイツとソ連〜ロシアの関係は、協力したり、ナチス・ドイツがソ連を蹂躙したり、ソ連がドイツを占領・分割したりと、まるで人の愛憎のような、アンビバレンツな、不思議な関係である(『テクノ・デタント』にも)
 中国とソ連〜ロシアの関係も、1960年代からの中ソ対立から、1990年代には“雪どけ”し、特にロシアが経済崩壊してなりふり構っていられなくなったのだろう事情もあり、中国はロシアから大量に兵器を輸入するようになった。

杭州級(NATOコードなし。ソ連ーロシアが建造したソブレメンヌイ級)駆逐艦2隻(7940トン、1999〜2001年竣工)
・改杭州級駆逐艦2隻(7940トン、2005〜2006年竣工)
キロ級潜水艦4隻(3000トン、1995〜98年竣工)
スホーイSu‐30フランカー戦闘機(輸出とライセンス承認は1999年)



 さらに中国海軍は、1980年代から空母保有構想を持ち続けている。
 7でも前述したように、ソ連が建造したクズネツォフ級空母の2番艦ワリャーグは建造中止となり、中国に売却された。現在大連で係留されている。このワリャーグは、岡部いさく「練習空母「施琅」の任務と搭載機」(『世界の艦船』2009年7月号84-89頁)によると、練習空母として改装されるようである。 そしてワリャーグは、正式に空母「遼寧」と命名され、2012年9月に就役した模様である。
 また、キエフ級軽空母の2番艦ミンスクは、現在深センテーマパークになっている。
 そして中国は、正式に空母の建造を表明したようである。

■中国国防相、空母建造を明言 日中防衛相会談 (2009年3月20日)
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20090320AT3S2001420032009.html。リンク切れ)

 中国の梁光烈国防相は20日の浜田靖一防衛相との会談で、 航空母艦について「永遠に空母を持たないというわけにはいかない」と述べ、建造の意思を明言した。中国政府の公式発言として建造の意思を明確にしたのは初めて。
 国防相は防衛相から空母保有の可能性を聞かれ、「中国は広い海域があり、 海を守る責任も重い。中国海軍は力が弱く、発展する必要がある。大国で空母を持っていないのは中国だけだ」と強調。一方で「色々な要素を考慮しなければならない」とも語った。
 空母は航空機を載せ、飛行甲板を持った軍艦。中国初の国産空母としては原子力ではなく、ディーゼル機関などを推進力とする通常型を建造するとみられている。艦載機の製造に欠かせない高度な技術や、パイロットの能力向上などが課題となる。

 しかし、このような事態は、すでに具眼の士によって予測されていた。
 兵頭二十八氏は、『「日本核武装」の論点』(中西輝政編・著、PHP研究所、2006)において、


『シナは「ナンチャッテ空母」を一隻だけ、建造に着手するでしょう。そして、「これをもっと増やす」とシナ人が発言すれば、アメリカも日本も、とりあえず自国の海軍力の構成を見直さなければならなくなります。それはたいへんな予算規模の話です。
 しかしシナ指導部は、自分たちが空母を運用できるなどと心の中で思い描くほどウブではなく、それはオプション最大化戦略のための新規の見せ札の一枚にすぎません』
(169頁)


 と述べている。
 “オプション最大化戦略”についての説明は、兵頭氏の2006年5月16日のブログを御覧頂きたい。

 中国海軍の軍拡に関連していると思われるのが、台湾、そして尖閣諸島、沖ノ鳥島に対する中国の口出しだろうと思われる。
 しかし、陸軍国が、海軍戦備の大規模拡張にまで手を出した結果、国がつぶれたのは、ナポレオンのフランス、ドイツ第2帝政、ナチス・ドイツ、ソビエト連邦と、枚挙に暇がないではないか。これについては7でも前述した。
 特に、空母は鬼門である。ナチス・ドイツ、ソビエト連邦は、いずれも1番艦の建造後に国家体制が崩壊しているのである。


表8-17    陸軍国家が空母を建造したら、1番艦の建造後に国家体制が崩壊する法則
空母 オリンピック開催 起工 竣工 国家体制崩壊
ナチス・ドイツ グラーフ・ツエッペリン(新造空母) ベルリンオリンピック
1936年8月
1936年12月18日 1943年建造中止、未完成 1945年5月、第2次大戦に敗北
ソビエト連邦 トビリシ(新造空母) モスクワオリンピック
1980年7月
1982年9月1日 1990年12月25日 1991年12月、ソビエト連邦解体
中華人民共和国 遼寧(ソ連から購入) 北京オリンピック
2008年8月
(1998年ソ連から購入) 2012年9月就役
?(新造空母)


 こうして見ると、前述した「独裁国家がオリンピックを開催後、体制が崩壊する法則」と、本法則とは、セットになっているようである。


■「東アジアの(海軍)軍拡競争」の参考記事・参考サイト・・・
 世界の艦船(海人社)
   1999年3月号 特集「近代化進む中国海軍」
   2006年9月号 特集「東シナ海の海洋戦略」
   2009年4月号 特集「韓国海軍の現況」
   2009年7月号 特集「中国の空母」
   2010年3月号 p57 「どうなる改造計画!? 大連に係留されたままの中国空母『施琅』」
   2010年3月号 p186 竹田純一「米海軍情報部レポート『中国海軍の近代化』報告を読んで」  
   2011年8月号 特集「世界の空母2011」
   2011年9月号 特集「中国の海洋力」
 航空ファン(文林堂)
   2009年5月号 特集「中国の空母と航空戦力」
 軍事研究(ジャパン・ミリタリー・レビュー社)
   2009年1月号 江畑謙介「中国の空母建造報道について」
   2009年5月号 平松茂雄「空母運用で海洋支配をねらう中国の遠謀」
   2010年8月号 野木恵一「外洋海軍を目指す『中国の野心』」
   2010年8月号 稲坂硬一「中国の強引な海洋進出」

 ウエブサイト「日本周辺国の軍事兵器
 週刊オブイェクト2010年2月1日「米国は台湾への武器販売を決定、潜水艦の供与は見送り
 時事通信社「時事ドットコム:世界の航空母艦」内「中国初の空母、建造間近?
 時事通信社「時事ドットコム:【特集】中国海軍
 フォーサイト(Foresight)『尖閣だけではない 空母建造「正式着工」で“積極防御”へ突き進む中国



▼北朝鮮は崩壊するのか

表8-18      6か国協議(6者会合)のあゆみ
第1回 2003年8月27日〜29日
第2回 2004年2月25日〜28日
第3回 2004年6月23日〜25日
第4回 2005年7月26日〜8月7日、9月13日〜19日
第5回 2005年11月9日〜11日、2006年12月18日〜22日、2007年2月8日〜13日
第6回 2007年3月19日〜22日、9月27日〜30日

 米軍は、中国の最初の核実験(1964年10月16日)、イスラエルの最初の核実験(不明)、インドの最初の核実験(1974年5月18日)、パキスタンの最初の核実験(1998年5月28日)の時にも先制攻撃は行なわなかった。つまりこれらの国々の核兵器の保有を事実上、黙認してきたのである。
 兵頭二十八氏も「正論」2003年3月号コラムで、


「核クラブは、先に持ってしまった国をより重要なメンバーとします。普遍法を尊重するかどうかは、とりあえず関係なしです」


 と述べているが、その通りであろう。
 北朝鮮の場合はどうなるのだろうか?
 北朝鮮が核武装する場合、米軍は北朝鮮を先制攻撃するかもしれない、と言われてきた。その場合は核施設の限定攻撃にとどまるのか、あるいはイラクのように本格的に金正日体制の打倒を目指して全面戦争をやるのか?と議論されてきた(兵頭は「新潮45」1999年4月号で、米軍が行うのは核施設への限定攻撃にとどまると見ていた)。
 しかし、「先制攻撃は行なわない」という先例は、2006年10月9日に実施された北朝鮮の核実験にも適応された。アメリカは、すぐさま北朝鮮の核施設を爆撃するというような行動なんぞは取っておらず、どころか、北朝鮮が6か国協議に復帰するよう交渉しているのである。
 アメリカは、イラクを大量破壊兵器を保有している可能性(疑い)だけで先制攻撃したが、それも2001年9月11日の同時多発テロという大惨事が前提・大義名分としてなければ、無理だったろう。
 アメリカ以外なら、核兵器の完成または完成間近を理由として攻撃した国はある。イスラエルは1981年6月7日、イラクのオシラク原子力発電所を空爆、破壊している(バビロン作戦)。この先例があるからこそ、現在核兵器を開発中と言われるイランに対して、イスラエルが先制攻撃するのではないかと予測されているのである。
 別宮暖郎・兵頭二十八『戦争の正しい始め方、終り方』(並木書房、2003)には、


「中国が北朝鮮を維持する覚悟であることは(中略)厄介きわまりないですね」(136頁)


 とある。
 しかし青木直人『北朝鮮処分』(祥伝社、2003)には、


「まず誤解を解いておかなければならない。中国と北朝鮮は現在においても友好的な隣国であるというのはフィクションである。はっきり言えば、中国は北朝鮮が大嫌いなのだ」(36頁)


 とある。
 それなら中国の膨張時に、北朝鮮が防波堤となってくれるのかもしれない。第2次大戦におけるナチス・ドイツとソ連のように、中国と北朝鮮がお互いに潰し合ってくれれば、日本のみならず、世界各国にとっても好都合だろう。



 それでも北朝鮮は中国の属国だから、体制が崩壊するときは中国が先で、北朝鮮が後になるのだろう。
 すなわち、ハンガリー動乱(1956年)や“プラハの春”(1968年)では東欧のソ連衛星国家(ワルシャワ条約機構加盟国)の体制は崩壊せず、宗主国であるソ連においてゴルバチョフが指導者に就任し、改革をはじめることによってようやく崩壊したのと同じパターンとなる可能性が高い、ということである。
 『戦争の正しい始め方、終り方』137‐139頁には、


「別宮 第二次世界大後戦の東ヨーロッパにできたワルシャワ条約機構の国々は、独立国家の実質は有していなかったのではないか。ソ連が外交権と交戦権を握り、政府の首脳部人事にも口出ししていたのですから、保護国とか属国とか呼ばれても仕方ない状態でした。(中略)
で目を極東に転じますと、中国と北朝鮮の関係は、いまだに、かつてのワルシャワ条約に近いのではないかと思います。北朝鮮は中国の属国になっています」


 とある。
 しかし北朝鮮は、独自に核兵器を開発した。ソ連は、ポーランドだのルーマニアだのといったワルシャワ条約機構加盟国が独自に核兵器を開発するなど無論許さなかったろう。だから中国と北朝鮮の関係は、ソ連とワルシャワ条約機構加盟国の関係よりは自由度が大きい(!?)と言えるのではなかろうか。


■北朝鮮情勢の参考記事・・・
青木直人「中国は金正日を見放した」(「Voice」2006年7月号)



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               完成まで今しばらくお待ち願います。  m(__)m 




 悪の枢軸(2002年1月29日ブッシュ発言)…北朝鮮、イラン、イラク
 1936、11、25 日独伊防共協定成立
 1940、9、27 日独伊三国同盟締結

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▼東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)で統制経済が再現されるか(1939年=2011年)
 「●中国への深入り支那事変と東アジア共同体」の項でも前述したが、支那事変の拡大による経済の統制は、現代においては、2011年までは再現されなかった。
 ところが、2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)によって、東日本の広範囲において、生活用品やガソリンなどの物資が不足した。また、福島第一原子力発電所の大規模事故のため、電力使用量に過酷な上限が設定されてしまったため、嫌が上にも東京電力の管轄地域において大規模計画停電が実施されるなど、世情は騒然となってきた。

「●中国への深入り―支那事変と東アジア共同体」においての記述を再掲すると、

林どりあん『歴史が教える相場の道理』(日経ビジネス人文庫、2001)には、


『一九三七年(昭和十二年)になると、太平洋戦争の序曲になる日中戦争が始まる。これ以降、日本経済は次第に自由市場を閉ざし、統制経済・戦時経済に入って行く。増税はもちろん、臨時資金調整法(※管理人註、1937年9月10日公布)など力づくの法案が通り、金融閉塞基調となる。株価は嫌気して全面崩落の兆しが出た』(195頁)
『一九三八年(昭和十三年)「国家総動員法」が公布されるや、同法に含まれる配当制限などを嫌気して、市況は軟化してゆく』(196頁)


 とある。
 臨時資金調整法については、有沢広己監修『昭和経済史 上』(日経文庫、1994)207-208頁においても触れられている。
 別宮暖朗『帝国陸軍の栄光と転落』(文春新書、2010年4月)には、

日本は戦後いきなり高度経済成長を実現したのではない。戦前にも高度成長を遂げていた。大正五年から昭和一一年の二十年間で、一人当たりGNPを年平均八.九%も伸ばしている。これは昭和二五年から四五年の二十年間の一〇.二%につぐ成績である。
 一九二九年(昭和四年)の世界恐慌のダメージから日本はいち早く立ち直った。米ドルベースのGNPの戦前のピークは、昭和一一年であった。翌昭和一二年成立の近衛内閣によって国家総動員法が昭和一三年に制定された。このころ昭和一二年から日本経済は低迷に転じた。一人当たりGNPが昭和一一年の水準に戻ったのは戦後の昭和三二年であった。昭和三一年の経済白書は「もはや戦後ではない」と叫んだ。昭和一二年から昭和三一年はまさに「失われた二十年」であった。統制経済すなわち社会主義経済こそがこの低迷をもたらしたのである。
 統制経済は景気対策または経済成長策になんの役にも立たなかった
」(232頁)

 とある。


 特に首都圏の大規模計画停電は、オフィスや工場での作業継続を困難にさせるという点において、GDPを押し下げさせてしまい、今後不況が到来するだろうか。
 首都圏における電力消費のピークはエアコンが稼動する夏季なので、夏季に向けてさらに大規模な節電が必要になるという。

asahi.com(朝日新聞社):東電の計画停電、今夏・冬も 大規模火力発電所、被害大 …リンク切れ
2011年3月22日5時40分

 東京電力は、計画停電(輪番停電)を今夏だけでなく、今冬も続けなければならない、との見通しを明らかにした。東日本大震災の津波で、福島県と茨城県の大規模火力発電所が、現時点で復旧の見通しが立たないほど壊れていることが分かったためだ。
 東電幹部が朝日新聞の取材に明らかにした。夏冬の計画停電で家庭や職場の冷暖房の使用が厳しく制限されるのは必至だ。夏の計画停電は、気温が高い午後2〜3時を中心に実施される見通し。停電規模は、気温の上がり方次第で大きくなる可能性がある。首都圏への電力供給が長期間制限されることで産業界も大打撃を受けそうだ。
 大きな被害がわかった火力発電所は、広野火力発電所(福島県広野町)と、常陸那珂火力発電所(茨城県東海村)。発電所の設備や、石油や石炭など燃料の貯蔵施設が津波で壊れた。両発電所の合計出力は480万キロワットで、同じく津波で損壊した福島第一原子力発電所(福島県大熊町・双葉町、469.6万キロワット)に匹敵する。
 2800万世帯に電力を送る東電管内のピーク需要は、冷房が必要となる夏場が6000万キロワット前後、暖房需要が高まる冬場が5000万キロワット前後。これに対し東電の現在の供給力は3500万キロワット前後にとどまる。
 東電は、休止している小規模火力発電所を立ち上げるなどして、4月中に4000万キロワット程度まで引き上げる計画だ。さらに、ガス会社などの電力卸供給事業者(IPP)からの電力買い取りなどを進め、夏までに4700万キロワット程度に増やす予定。しかし、それでも夏時点で1000万キロワット(333万世帯分)、冬も数百万キロワット足りなくなる計算だ。
 電力は、水やガスのようにタンクに大規模にためられない。そのため、需要分だけ供給力を用意する必要がある。電力会社は自社の発電所で必要な電力を賄えない場合、ほかの電力会社から電力を融通してもらうが、周波数の違いから、西日本の電力会社から受けられるのは100万キロワットまで。東北電力は周波数が同じだが、被災で電力が不足しており、融通は期待できない。北海道電力からも送電技術の限界から60万キロワットしか受けられない。
 東電幹部は「再稼働した火力も、いずれ定期検査に入るのでずっと発電できない。今夏、今冬だけでなく来夏も綱渡りが続きそう」と話している。


・福島第一原子力発電所からの30キロ退避勧告・屋内避難勧告がいつ解除されるのか
・首都圏の大規模節電はいつまで続くのか

 という、現時点において未だに解決不能な問題が残っている。
 電力の夏季ピーク時においては、使用抑制のために、首都圏外(というか東京電力の管轄外)への集団疎開が実施されるかもしれない。もはや戦時中のB-29による空襲対策の如しである。
 今回の大震災の影響は、長期間に渡って残りそうである。



▼日本における「政権交代の2年後には大震災が起こる」法則

表8-19      日本における「政権交代の2年後には大震災が起こる」法則
1993〜2001年 2009〜2017年
1993年7月★解散総選挙で自民党敗北、政権交代
     8月 細川内閣
2009年★解散総選挙で自民党敗北、政権交代
     鳩山内閣
1994年4月 羽田内閣
     6月 村山内閣(自民党に政権復帰)
     7月 ★金日成死去
2010年 菅内閣
      ギリシャ金融危機深刻化
1995年1月★阪神大震災
       ★円高(4月19日、円の対ドル戦後最高値1ドル=79円75銭)
     7月 日経平均終値、14485円(バブル崩壊後2番底)
2011年3月★東日本大震災、福島第一原発事故
       ★円高(10月27日、円の対ドル戦後最高値1ドル=75円67銭)
        野田内閣
    12月★金正日死去
1996年1月   橋本内閣(自民党に首相復帰)
     7月  ★アトランタオリンピック
     10月  解散総選挙
     11月  ★米大統領選、クリントン再選
2012年8月★ロンドンオリンピック
    11月★米大統領選、オバマ再選
    12月 解散総選挙で民主党大敗、政権交代
    12月 第2次安倍内閣
1997年4月★消費税率引き上げ(3%→5%)
     7月 アジア通貨危機
    11月 平成金融危機(山一證券、拓銀経営破綻)
2013年 ヨーロッパ経済危機?
1998年 円安(6月、1ドル=140円73銭。プラザ合意後の円安の頂点)
      7月小渕内閣
      8月ロシア通貨危機
2014年 円安?
    4月★消費税率引き上げ予定(5%→8%)
1999年 2015年10月★消費税率引き上げ予定(8%→10%)
2000年4月  森内閣
     11月 米大統領選、ブッシュ(子)当選
2016年 米大統領選
2001年4月 小泉内閣 2017年




 1993年から1998年までの歴史の流れは、本ウェブサイトのNo.2No.3で前述しているので、そちらも併せてご覧いただきたい。

 共通する歴史の流れは、以下のようになるか。
・自民党から野党への政権交代が実現する
            ↓
・政権交代の翌々年に大震災が起こる
            ↓
・大震災の影響で円高が過去最高値を更新する
            ↓
・大震災の翌年に夏期オリンピックが開催される(夏季オリンピックは偶数年の開催なので、必然的に大震災は奇数の年になる)
            ↓
・夏期オリンピックの翌年以降、日本と世界で金融危機が起こる

 また、No.4で前述したように、1929年は、米大統領選(1928年11月フーバー当選)の翌年に世界恐慌がはじまったのである。
 2013年以降は、世界情勢は相当厳しいことになりそうだという予感がある。


▼2013年8月29日までに必ず実施される衆議院総選挙はどうなるか(1941年=2013年)
 「▼民主党政権はいつまで続き、どのように終わるか(2009年)」においても前述したように、前回は 2009年8月30日に行われた衆議院総選挙は、任期満了を迎える4年後の2013年8月29日までには必ず実施されることになる。
 2012年現在の“空気”を読む限りにおいては、余程の情勢転換が起こらない限り、民主党の敗北は必至といえる。というわけで、敗北の程度(つまりは獲得議席数の減少だ)を、どれだけ和らげることができるか…というのが、現在の野田政権(そしてこの先、解散までの間にさらに新たに誕生するかもしれない民主党政権)に課せられた課題だろう。

 衆議院総選挙を、解散ではなく任期満了で行ったケースは、三木内閣しかない。その時は、 田中角栄前首相の逮捕などによるロッキード事件の影響により自民党は敗北必至、イコール責任を取って三木武夫首相の退陣は必至と見られていたため、三木は、衆議院を解散して討って出たりはせず、前回は1972年12月10日に行われていた総選挙を、1976年12月の任期満了まで最大限に引き伸ばした。総選挙は任期満了ぎりぎりの1976年12月5日に行われ、事前の予想通り自民党が敗北し、三木首相は退陣を表明したのである。

 民主党、自民党、公明党、共産党の主要各党に加え、小政党…社民党、みんなの党、国民新党、新党改革は生き残れるのか?
 さらに、再び“新党ブーム”が起こるのも間違いないだろう。必ずや、この絶好の機会を逃すまいと、 新党が複数誕生するだろう。既にその萌芽はあるようである。
 台風の目の一つになるのが間違いないと思われるのは、言うまでもなく橋下徹大阪市長が率いる日本維新の会であろう。
 いわゆる“大阪都構想”を実現させるために、ついに国政にも進出する勢いである。関西地域を地盤として、一定程度の勢力の確保は出来そうである。
 また、この維新の会が、石原東京都知事が率いると見られる石原新党との連携についても巷間様々に噂されているのも、今更言うまでもない。
 そして2012年7月には、とうとう小沢一郎らが民主党を離党し、新党「国民の生活が第一」を結党した。


 ……以上のような事を、2012年9月までに執筆したのだが、民主党・野田首相は坐して任期満了を迎えるではなく、解散総選挙を選択し、12月16日投票と決まった。 
 新党の乱立についてはNo.2で前述しているので、そちらも併せてご覧いただきたい。



▼日独伊三国同盟と対称されるものは(1940年)
 「イラン情勢」の項でも前述したように、将来、第3次オイルショックが起こり、原油の価格が急騰したとしよう。
 それなら、大東亜戦争―太平洋戦争において日本が石油を求めて東南アジアに南進したように、石油に窮した中国が、ロシアやイランといった産油国と軍事的な同盟を結ぶ可能性も、ないわけではなかろう。
 その場合、上海協力機構(2001年結成)がその基礎、基盤となるのだろうか?
 上海協力機構は、中国、ロシアを中心として、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタン、ウズベキスタンの6か国がメンバーであり、オブザーバーとしてモンゴル、インド、パキスタン、イランが参加している。
 また、藤和彦『石油を読む』(日経文庫、2005)には、


『中国政府幹部および軍高官たちの間には、米国の「資源陰謀論」が台頭しているという。
 「もしマラッカ海峡を米軍に封じ込められたら、中国は干上がる」
 かつて日本でも同じような議論があった。「敵」は米軍ではなく旧ソ連軍であったが。「資源パラノイア」は、軍独特の発想から生まれるものなのだろう』
(64頁)


 とある。


▼次の“周期境界戦争”までに登場する新型兵器
 次の周期境界ーすなわち“周期境界戦争”が起こる可能性が高いのは2013〜20年ごろだと思われるが、現在開発中の新型兵器が、それに時期を合わせるかのようにして実戦配備されることになっている。づらづらと挙げるだけでも、以下のものがある。

■自衛隊
●陸上自衛隊
 ・10式戦車(重量44トン、120ミリ主砲搭載。2009年度開発完了・制式化)
●海上自衛隊
 ・あたご級イージス護衛艦(DDG)2隻(基準排水量7700トン≪以下日本の艦艇のトン数は全て基準排水量≫)…2007年・2008年就役
 ・ひゅうが級ヘリコプター護衛艦(DDH)2隻(13500トン)…2009・2011年就役
 ・19500トン級ヘリコプター護衛艦(DDH)
   DDH-183(1番艦)…2015年3月就役予定
   DDH-184(2番艦)
 ・あきづき級護衛艦(DD)4隻(5000トン)…2012〜2014年就役予定
 ・そうりゅう級潜水艦(SS)6隻(2900トン)…2009〜2015年就役予定
 ・P‐X次期哨戒機…2012年開発完了予定
●航空自衛隊
 ・次期主力戦闘機FXロッキード・マーチンF‐22ラプターロッキード・マーチンF‐35ライトラングUボーイングF/A‐18E/FスーパーホーネットボーイングF‐15EXイーグルユーロファイター・タイフーンダッソー・ラファールなどが候補。2011年12月、、ロッキード・マーチンF‐35ライトラングUが内定)
 ・先進技術実証機「心神」…2011年開発完了予定
 ・C‐X次期輸送機…2012年開発完了予定

■日米共同研究開発
MDシステム
 ・パトリオットPAC‐3ミサイル…地上から発射する弾道弾迎撃ミサイル。日本では2007年から配備開始
 ・スタンダードSM-3ブロックIAミサイル…艦艇から発射する弾道弾迎撃ミサイル。日本では既存のこんごう級イージス護衛艦4隻を改造して搭載、2008年から配備開始

■アメリカ軍
 ・ジェラルド・R・フォード級原子力空母(CVN)(満載排水量10万トン≪以下米英の艦艇のトン数は全て満載排水量≫)
   CVN-78ジェラルド・R・フォード(1番艦)…2015年就役予定
   CVN-79ジョン・F・ケネディ(2番艦)…2020年就役予定
   CVN-80(3番艦)…2025年就役予定
 ・ズムウォルト級駆逐艦(DDG)3隻(14564トン)…2014〜2015年就役予定
 ・インディペンデンス級沿海域戦闘艦(LCS)2隻(2780トン)…2010・2013年就役予定
 ・フリーダム級沿海域戦闘艦(LCS)2隻(3059トン)…2008・2013年就役予定
 ・アメリカ級強襲揚陸艦(LHA)1隻(44850トン)…2012年就役予定
 ・ロッキード・マーチンF‐35ライトラングU戦闘機
   ・F‐35B…2012年から米海兵隊が運用開始予定
   ・F‐35A…2013年から米空軍が運用開始予定
   ・F‐35C…2015年から米海軍が運用開始予定

■イギリス軍
 ・クイーン・エリザベス級原子力空母(CVN)2隻(66000トン)…2020年以降就役予定

■この項目の参考記事・参考サイト・・・
 世界の艦船(海人社)
   2009年8月号 特集「最新鋭DDH「ひゅうが」」
   2010年1月号 特集「アメリカ海軍」
   2011年8月号 特集「世界の空母2011」
 航空ファン(文林堂)
   2010年7月号 特集「F-X候補F-35の先進性」
    p50 青木兼知「F-XとしてのF-3ライトニングUを検証する」
    p56 石川潤一「F-35シリーズ開発進捗状況とF‐35Bの配備スケジュール」


▼“周期境界戦争”は起こるのか、そして周期境界で何が起こるのか

 しかし、本当に周期境界戦争は起こるのだろうか。疑問もあるのである。
 1つ目は、アメリカの圧倒的な一強多弱のためである。
 アメリカは通常の演習のコストで対アフガン、対イラク戦争をやってしまった(『「新しい戦争」を日本はどう生き抜くか』199頁、『「戦争と経済」のカラクリがわかる本』72・79頁、「正論」2003年3月号より)。こんな最強国家とは、ロシアや中国とてまともに戦うつもりはないのでは?
 2つ目は、アメリカが「無数の小戦争こそが平和を維持している」と思っている(らしい)ためである(『学校で教えない現代戦争学』178頁、『戦争の正しい始め方・終わり方』36・105頁より)。「大きな戦争を避けたいと思うなら、小さな戦争をこまめにやることだ」と理解しているのなら、アメリカは世界大戦を起こしやしないだろう。

 それでも“周期境界戦争”が起こるとすれば、その枠組みはどうなるのだろうか。
 前回の近代70年サイクル第4周期(1871〜1945)と対称して見れば、今回の第5周期(1945〜201?)は、“挑戦国”ロシアが“世界大国”アメリカに冷戦敗北のリターンマッチかつファイナルマッチを挑むということになる(この予想はNo.6でも前述した)。
 しかし、ロシアはプーチンの指導の元、現実的な政策へと転換している。現在のところ、ロシアが第3次世界大戦を引き起こす可能性は低そうである。どこまでアメリカに譲歩し、追随できるのか。追随が一体いつまで続くのかが、1つの焦点になるだろう。
 しかし、アメリカとイスラム勢力の泥沼戦争がイラン、シリア…と続き、アメリカが石油目当てに、ロシアの裏庭であるカスピ海にまで侵攻してきたら、それでもまだロシアはアメリカとの連携を維持できるのだろうか?

★カスピ海の石油……石井影・藤和彦『世界を動かす石油戦略』(ちくま新書、2003)に

 あるいはイラク戦争時の仏独のように、いつかはアメリカに「NO」を言うことになるのだろうか。
 また、特に2001年の米同時多発テロ以降、アメリカとイスラムの15年戦争の様相が強まってきているのを思えば、イスラムがどう絡んでくるのか?というのは、余所事ではなくなってきているようである。
 さらに、これにイスラエルVSパレスチナの中東戦争がどう絡んでくるのか、現状では全く不明であるという他ない。
 北朝鮮はどうなる?アメリカとイスラム勢力の泥沼戦争がさらに続くのなら、中国は包囲される形にはなるが、直接石油を奪われるという形ではないので、北朝鮮はファクターとしては孤立した形になってしまうのではないか?

 しかし、周期境界では、戦争が起こらずとも、国々の体制変更が起きる可能性はある。普仏戦争によってフランスとドイツの体制が変更され、第1次大戦によってドイツ帝国、オーストリア・ハンガリー帝国、トルコ帝国の体制が変更され、第2次大戦によってナチスドイツ、大日本帝国の体制が変更されたようにである。
 となれば、2013〜17年ごろだと思われる次の周期境界において予測される事項を挙げておこう。

・北朝鮮の国体変更
・共産中国の国体変更
・ロシア連邦の国体変更

 このくらいだろうか。

▼“周期境界戦争”のシミュレーションその1〜中東戦争〜
 既述の通り、1931年の満州事変に対称されるのが2003年のイラク戦争ならば、当時の日本の役割を現在果たしているらしいアメリカは、これから段階を踏みながら(1937年には支那事変が勃発している)、中東ーイスラム圏の泥沼にはまってゆくことになるのだろうか。
 では、それほどまでに中東にこだわるアメリカの目的とは何なのだろうか。
 第一義的には、石油の確保であることに疑いはない。その石油の確保をより良好にするために、中東の国境線の引き直しまで狙っているようである。
 兵頭二十八氏は「正論」2002年11月号のコラムで、イスラエルがシリアからメッカ以北までを占領統治すれば、イスラムが原爆でテロを行う可能性はなくなるとしている。
 青山繁晴氏の「voice」2003年11月号「中東に絶望するアメリカ」は若干トーンが柔らかく、パレスチナ独立国家の設立によってヨルダン、イラク、サウジなどの国境線が移動する(のみ)としている。

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 イスラエルとパレスチナのテロ戦争が激化したあげく、中東戦争に?
 イスラエルにあるという“メギドの丘”の予言通りに核戦争(最終戦争、ハルマゲドン)になるのか?

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▼“周期境界戦争”のシミュレーションその2〜日中戦争〜
 中国は日本を狙い撃ちにして(日本以外の欧米に対しては扇動の矛先を向けない。日米欧の足並みを乱し、一致協力して対処させないためである)抗日暴動を起こす。あるいは在中国の日本工場に対するストライキを仕掛けてくる。
 その際、アメリカには「アメリカ企業の権益は侵さない」と事前に通告する。アメリカは北朝鮮核問題の解決のためには中国の協力が必要なので、これを事実上黙認する。
 中国に対する経済制裁が日本の国会で議論に上がるが、アメリカからの圧力と、日本国内の媚中派の政治家による妨害のため、どれも実行には移されないまま、議論が中途半端に終了する。日本人の中国に対するフラストレーションは爆発寸前になる。

▼“周期境界戦争”のシミュレーションその3〜米中戦争〜
 中国が対日戦争を、普仏戦争のように限定戦争にとどめるつもりなら、日中戦争は米中戦争にまで拡大せず、局地戦のままで終わるだろう。
 しかし、中国が、もしくはアメリカが望むのなら、日中戦争は日中戦争で終わらず、米中戦争にまで拡大するだろう。
 すなわち、日中戦争の戦場の範囲が、尖閣諸島や東シナ海にとどまるのなら、日中戦争は局地戦争のままで終わるだろう。
 しかし、日中戦争に勝利した結果中国が図に乗って、武力でもって台湾の解放を本格的に実行するつもりなら、日中戦争は米中戦争に拡大するだろう。

 アメリカにとって中国は、西海岸のフロンティア消滅以降の最大の目標となった。つまりはマニフェスト・ディスティニー(明白なる運命)。1899年の第1次門戸開放宣言以来の念願だったのだ。
 この念願は1930〜40年代、蒋介石率いる国民党によって一旦成就しかけたのだが、第2次大戦後、毛沢東によって中国が共産化してしまったのでブチ壊しになってしまった。
 アメリカがめざすのは、中国のキリスト教化(民主化?)か?
 となれば、次の周期境界大戦後、中国においてアメリカとドイツの商圏が衝突し、対決することになるのだろうか?


 前述したが、兵頭二十八氏は、「正論」2007年2月号のコラム「Closs Line」において、


「かつてレーガン米政権は、石油関係の諸規則を緩め、石油の国際価格を下げてしまうことで、政治的ライバルのソ連を追い詰めた。ソ連が外貨を稼げる商品は、ただ石油のみだったからである(武器も輸出していたけれども、見返り援助が超過するのが常で、石油のように外貨は稼げない)(※管理人注、同様の議論はNo.1の「▼ドイツとソ連ー“挑戦国”の体制崩壊」でも前述した)。
 石油輸入国になった今のシナをやっつけようと思うなら、米政府は二十年前とは逆に、石油の国際価格を上昇させるだけでよい。北海油田の枯渇が迫っているので、米政府が何もしなくても、石油は暴騰する。アメリカがシナと北朝鮮を放っておき、中東政策を最優先にしているのは、この見通しがあるためだ。もちろんロシアも、その日を鶴首して待っている。
 石油が暴騰すると、産油国のイランも無駄に富裕化して、原爆のマスプロ化に乗り出すだろう。そこで、イスラエルが早めにイランを空爆するのがアメリカの国益に適う。二〇〇七年中にあり得る、イランの核インフラの壊滅が、高価格石油時代の幕を開ける合砲になるのかもしれない」



 と述べている。
 となれば、戦争の順番は、

イスラエル単独、またはイスラエルとアメリカの共同、さらには英仏など他のNATO諸国も加わったイラン攻撃
(核施設への限定攻撃で治まるか?しかしイランが反撃すれば全面戦争?)
限定的とはいえイラン攻撃が起これば、原油価格は上昇するだろう。イランとNATO軍の全面戦争にまで事態が至れば尚の事。
原油価格が2008年の水準(最高値140ドル)を超えて暴騰(第3次オイルショック)
中国経済が参る。
中国軍が石油確保のための南進を主張する。
あるいは南進前に中国経済が破綻、国家体制の危機に瀕する。


 となるか。

 兵頭二十八氏の2007年1月28日のブログには、



 『シナの内陸は懐の深さが5000kmもありますから、この距離を克服できないと、米国はシナの侵略的意図を有効に掣肘できません。
 数千kmの内陸躍進ができる、そして圧倒的多数の敵歩兵を相手にもできる――。そんな、これまでに存在しなかったような、新軍隊が必要なんです。これが「米軍再編」の目標です。シナ・シフトを進めてるんです。
 海兵隊は、総人数も少なすぎるので、どうにもシナ軍相手の「睨み」は効きません。ですから、今後リストラされる運命です。
 これからの米軍の主役は、空挺化された陸軍部隊です。上陸などせずにいっきょに内陸に大軍を送り込める能力。それだけがシナを抑止できる。すべての軍種が、空挺化された陸軍のための補助部隊となるでしょう』




とあるが、米中戦争が周期境界戦争だとするなら、2012〜2017年ごろには起こる計算になる。あと残り僅かな期間しかない。それまでに米軍の軍制の改編が終わっているのかどうかは疑問である。

 兵頭二十八氏は、『「グリーンミリテク」が日本を生き返らせる!』(メトロポリタン・プレス、2010)において、新しい予想をしてくれている。それによると、


もし、イランとサウジアラビア、イラク、クウェート、アラブ首長国連邦を巻き込んだ核戦争が起きたら、世界はどんなことになるでしょうか?
 シナはいまや石油の輸入大国ですので、シナ経済はむろん崩壊し、マイナス成長に突入し、都市に失業者があふれるでしょう。しかしその代わり、アメリカ経済もムチャクチャとなり、全国土はホームレスだらけとなり、米軍は海外に展開中の戦力の維持が、燃料費の高騰から困難になるでしょう。つまりアメリカが恣意的に世界の潜在ライバル(すなわちシナのこと)を、叩き潰すことなどは、夢物語にしてやれるのです。

 (中略)
 米国は、核戦争のドサクサに紛れて核爆弾が反米テロリストの手に渡ったりしないように、国際石油価格が暴騰し続けるさなかに、敢えて中東に対してだけは、20万〜50万人規模の大軍を派遣して、秩序を回復することを余儀なくされましょう。作戦の長期化を是非とも避けるためには、米軍もまた小型核兵器の行使に踏み切るかもしれません。そうなればイスラエルも必ずや便乗して原爆を投下するでしょう。
 (中略)
 中共にとって最も避けたい最悪のシナリオは、シナ経済だけが崩壊して、米国その他の諸国の経済がそこそこ順調であるという事態です。それは大衆の不満を爆発させ、21世紀の「易姓革命」をシナ大陸に顕現するおそれがあるためです。中東核戦争は、人民の怨みを政府に向けさせず、米国を経済破綻の道連れにできてしまうという点で、北京にとっては魅力的なシナリオでしょう。
 原油と天然ガスの大輸出国であるロシアにとっての中東戦争のメリットは、言うまでもないでしょう。ロシアはシナとは違い、中東の大混乱で損をすることが何もありません。得をすることばかりです
」(100-103頁)


とある。



 では、次の「周期境界戦争」において、中国軍はどの方面に進出するか予測してみよう。

表8-20     予測される中国の侵攻方向
侵攻目標 目的
北朝鮮 金正日政権の除去、核兵器の脅威除去
台湾 同じ民族の解放戦争
日本(尖閣諸島、沖縄) 尖閣諸島領有問題の解決、東シナ海の石油資源、日本への復讐戦争
南シナ海(南沙諸島) 南沙諸島領有問題の解決、南シナ海の石油資源
ロシア シベリアの石油資源(独ソ戦と対称されるか?)
インド 中印国境において小競り合いが頻発


 兵頭二十八氏は、軍学者 兵頭二十八 の 軍事ニュース要約 "ポッドキャスト28 ミリタリーニュースブログ" において、

※スプラトリー諸島の先には何があるか。石油金満国のブルネイである。ボルネオ島に近づけば近づくほど、海底油田を試掘したときに石油や天然ガスが噴出する確率も高くなる。大慶油田が枯渇してしまったために、シナはキチガイのようになって石油を求めて南方へ領海拡張をしようとしている。台湾や尖閣どころではないのだ(2010年12月17日)

※石油飢餓状態のシナでは中共の最上層部がきちがいのようになってシベリア回収運動に乗り出すであろう。「第二の大慶油田を探せ」というトウ小平からの遺訓にけっきょく従うほかはないのだ(原発一派が失脚してコキントウ一派に代わっている)。中東動乱で輸入石油が爆上げすれば、モータリゼーション化したシナ国内は大インフレになり、日本の1970年代の狂乱が全土で見物されるはずだ。第二の「大慶油田」を掘り当てるか強奪すれば、シナの易幟・中共王朝の放伐は避けられる。まちがいなく大量の石油が出ると分かっているのは、ブルネイ(ボルネオ島)か北樺太か西シベリアだ。そのどれか、ヨリ防備が弱いところを、取る。シナが北方領土にシナ人労務者を扶植させつつあるのもこの布石。ボルネオへの進出を日米豪が抑え込めば、こんどはシナ軍は西シベリアへ矛先を転ずるだろう。ロシアは北方領土問題で日本を挑発することにより、自衛隊の北部方面隊を最強化させたい。そうすればシナ軍は沿海州方面へは出てこられず、南支那海でボルネオだけを狙ってくれるかもしれないからだ。日本軍が沖縄に集中して北を手薄にすると、シナ軍は樺太を狙うようになるかもしれず、ロシアとしては逆に迷惑だろう(2011年3月3日)

※陸上で天然ガスを安く掘れるようになったのに、わざわざ台風コースの海上で高コストなガス田リグを運営するメリットなどあるわけがない。江沢民の政治基盤を国内宣伝上維持するために、尖閣沖にしがみついているというだけだろう。その採掘量(特に原油)はほとんど零に近いのに、ごまかしの大本営発表が国内宣伝用に垂れ流されている。トウ小平の遺訓に忠実だというのが江沢民の存在意義であった。新油田という成果が無いと知れれば、江沢民一派は遺訓にも忠実でなかったことになり、日本の犬にして政治的失敗者として袋叩きにおわるだけだ。かくして、東支那海はとっくに無価値化しているのである。石油業界は狭い。リグ作業員は世界の回り物である。ゆえに実態は秘密ですらない。事情を知らぬはシナと日本の庶民だけなのだ。北京の主要な関心は、原油が確実に出るブルネイ(南支那海)の攻略に、完全に移った」(2011年8月15日)

と述べている。
 これらの兵頭氏の分析は、『極東日本のサバイバル武略』(並木書房、2011年10月)としてまとめられた。
 兵頭氏の述べていることが正しいのならば、中国の現在の状況は、日本が北進(対ソ戦)か南進(対米英戦)かで迷っていた、大東亜戦争開戦前の状況とそっくりということになる(『極東日本のサバイバル武略』127頁)。

表8-21   大東亜戦争開戦前の日本の状況
北進(対ソ戦)への道 南進(対米英戦)への道
1939年 5月 ノモンハン事件起こる
8月23日 独ソ不可侵条約締結
9月15日 ノモンハン事件停戦協定成立
1940年 5月10日 ドイツ、ベルギー・オランダに侵攻
5月17日 オランダ降伏
6月22日 フランス降伏
9月23日 日本軍、北部仏印に進駐開始
9月27日 日独伊三国同盟締結
1941年 4月13日 日ソ中立条約調印
6月22日 独ソ戦開戦
7月 関東軍特別演習(関特演)
7月28日 日本軍、南部仏印に進駐開始
12月8日 大東亜戦争開戦




 「周期境界戦争」の結果か、もしくはそれ以外の結果によって、中国の体制が崩壊するとすれば、どのような経緯を辿るのだろうか。
 体制崩壊の先輩(?)であるソ連を例にしてみると、改革派であるゴルバチョフが1985年にトップの座に就いた後、それからわずか6年後の1991年には、ソ連邦の崩壊にまで至ったのである。
 中華人民共和国国家主席の任期は5年で、3選は禁止されている。現職の胡錦濤は2003年3月に就任しており、2008年3月に再選されたので、任期は2013年3月までということになる。
 胡錦濤の後継には、習近平が就くようである。

■参考記事・参考サイト・・・
 フォーサイト(Foresight)コンテンツ−新潮社ニュースマガジン『習近平勝利にみる「毛王朝」の血脈


表8-22   ソビエト連邦の崩壊過程(1979〜1989)
1979年 5月4日 イギリス首相にマーガレット・サッチャー就任(在任〜90、11)
12月27日 アフガニスタン侵攻(〜89、2)
1980年 7月19日 モスクワオリンピック開催。アフガニスタン侵攻に抗議してアメリカ、日本、西ドイツ、中国などボイコット
10月23日 アレクセイ・コスイギン首相辞任。12月18日死去。後任ニコライ・チーホノフ(在任〜85、9)
11月4日 米大統領選挙。ロナルド・レーガン当選(在任〜89、1)
1982年 11月10日 レオニード・ブレジネフ書記長死去。後任ユーリ・アンドロポフ
1984年 2月9日 アンドロポフ書記長死去。後任コンスタンティン・チェルネンコ
1985年 3月10日 チェルネンコ書記長死去
3月11日 書記長にミハイル・ゴルバチョフ就任
7月
アンドレイ・グロムイコ外相辞任。後任エドゥアルド・シェワルナゼ(在任〜89、2)
11月19日 スイス・ジュネーブにて6年半ぶりの米ソ首脳会談開催
1986年 4月26日 チェルノブイリ原発事故発生
10月11日 アイスランド・レイキャビクにて米ソ首脳会談
1987年 12月9日 ワシントンにて米ソ首脳会談。INF(中距離核戦力)全廃条約に調印
1988年 4月15日 ソ連軍、アフガニスタンより撤退開始
11月8日 米大統領選挙。ジョージ・H・ブッシュ当選(在任〜93、1)
1989(昭和64・平成元)年 2月15日 ソ連軍、アフガニスタンより撤退完了
11月9日 ベルリンの壁崩壊
12月3日 米ソ首脳(ブッシュ・ゴルバチョフ)、マルタ会談。冷戦終結宣言



表8-23    中華人民共和国の崩壊過程?(1989〜201?)
1989(平成元)年 4月15日 胡耀邦前総書記死去。学生、天安門広場で追悼集会
5月17日 趙紫陽総書記、李鵬首相ら、天安門広場の民衆を見舞う
6月4日 人民解放軍、天安門広場の民衆を武力制圧(天安門事件
6月23日 趙紫陽総書記解任。後任に江沢民を選出
1992(平成4)年 1月〜2月 鄭小平、武漢、深セン、珠海、上海などを視察(南巡講話
1993(平成5)年 3月17日 江沢民総書記、国家主席に就任
1996(平成8)年 3月 台湾総統選挙に対し弾道ミサイルを試射して威嚇
1997(平成9)年 2月20日 鄭小平死去
7月1日 イギリスから香港返還
1998(平成10)年 3月17日 李鵬首相の後任に朱鎔基を選出
2002(平成14)年 11月 江沢民総書記の後任に胡錦濤を選出
2003(平成15)年 3月 江沢民国家主席の後任に胡錦濤就任
朱鎔基首相の後任に温家宝を選出
2008(平成20)年 3月14日 チベット・ラサにて大規模な暴動が発生
4月6日 北京オリンピック聖火リレー地であるロンドンとパリにて、中国のチベット弾圧に対する大々的な抗議行動が発生
5月12日 四川省にて大地震発生。死者6万人以上
8月8日 北京オリンピック開幕(24日まで)
2010(平成22)年 5月1日 上海万博開幕(10月31日まで)
10月8日 劉暁波のノーベル平和賞受賞が決定
2012(平成24)年 11月15日 共産党中央委員会全体会議開催。胡錦濤総書記の後任に習近平を選出
2013(平成25)年 3月 全国人民代表大会(全人代)開催。胡錦濤国家主席の後任に習近平就任? 温家宝首相の後任に李克強就任?

▼対称された出来事、されなかった出来事(〜1939年=2012年)
 そろそろこのあたりで、1918年〜1939年と、1989年〜2012年の双方において、対称された出来事、されなかった出来事をまとめておきたい。

表8‐24   1918年〜と1989年〜の双方で、対称された出来事、されなかった出来事のまとめ
共通する出来事 第2次大戦前 現代
日本のバブル開始 大戦景気はじまる
(1915、12)
プラザ合意
(1985、9)
世界システムの一変 第1次大戦終結
(1918、11)
米ソ冷戦終結
(1989、12)
敗戦国の政体変更 ドイツ、第2帝制からワイマール共和国に
(1918、11)
ソ連消滅、ロシア連邦へ
(1991、12)
日本のバブル崩壊    戦後恐慌
(1920、3)
バブル崩壊
(1990〜)
日本で首相暗殺 原敬暗殺
(1921、11)
なし
日本の政治が混迷し、短命な政権が続く 山本、清浦
(1923〜1924)
宮沢、細川、羽田、村山
(1992〜1995)
日本の大震災 関東大震災
(1923、9)
阪神大震災
(1995、1)
日本の経済危機 金融恐慌
(1927、3)
平成金融危機
(1997、11〜1998、12)
経済危機のため内閣が総辞職 若槻内閣総辞職
(1927、4)
橋本内閣総辞職
(1998、7)
大陸との緊張 第1次〜第3次山東出兵
(1927、5〜1928、5)
張作霖爆殺事件
(1928、6)
北朝鮮、テポドン発射
(1998、8)
日本海にて北朝鮮不審船の領海侵犯事件
(1999、3)
アメリカ大統領選挙で共和党の候補が当選 フーバー当選
(1928、11)
ブッシュ当選
(2000、11)
日本に改革を標榜する新首相が誕生 浜口雄幸
(1929、4)
小泉純一郎
(2001、4)
アメリカのバブル (〜1929) (〜2001)
再び、世界システムの一変 世界恐慌はじまる
(1929、10)
9・11事件
(2001、9)
日本で首相暗殺 浜口狙撃
(1930、11)
なし
泥沼の戦争への第一歩 満州事変起こる
(1931、9)
アフガニスタン攻撃開始
(2001、10)
イラク戦争開戦
(
2003、3)
日本でクーデター 5・15事件
(1932、5)
なし
アメリカのバブル崩壊のため、大統領選挙で現職が落選、民主党の候補が当選 フーバー落選、ルーズベルト当選
(1932、11)
なし(ブッシュ再選)
(2004、11)
日本で大規模クーデター 2・26事件
(1936、2)
なし
次の世界大戦主犯国でのオリンピック開催 ベルリンオリンピック
(1936、8)
北京オリンピック
(2008、8)
日本で新首相が誕生 近衛文麿
(1937、6)
自民から民主に政権交代
、鳩山内閣発足
(2009、9)
中国との衝突コース 支那事変(日中戦争)
(1937、7〜)
尖閣諸島中国漁船衝突事件
(2010、9)
日本政府、尖閣諸島を国有化
中国で大規模反日暴動
(2012、9)
統制経済・戦時経済 臨時資金調整法公布
(1937、9)
国家総動員法公布
(1938、4)
東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)福島第一原子力発電所事故による計画停電・節電
(2011、3〜)
次の世界大戦主犯国に対する宥和政策の頂点 ミュンヘン会談
(1938、9)
世界大戦 第2次世界大戦開戦
(1939、9)


▼アメリカ大統領選挙(1940年=2012年)
 2012年11月6日(米現地時間)投票のアメリカ大統領選挙には、民主党からはバラク・オバマ現大統領が出馬し、共和党候補であるミット・ロムニー前マサチューセッツ州知事を破り、再選を果たしたのである。
 しかし、民主党と共和党が連邦議会の上下両院でねじれ現象を起こしている事態は変化していない。また、大型減税(ブッシュ減税)の失効と歳出削減が2013年初めに同時に起きる、いわゆる“財政の崖”への警戒感もあり、今後もアメリカの政治と経済の道のりは険しそうである。

■アメリカ大統領選挙の参考サイト…
2012年アメリカ合衆国大統領選挙 - Wikipedia
Yahoo!JAPAN「2012アメリカ大統領選挙 - Yahoo!ニュース
情報BOX:2012年の米大統領選挙に向けた主な日程 | Reuters



 2012年には、アメリカ大統領選挙のみならず、1月14日には台湾総統選挙、3月4日にはロシア大統領選挙、4月22日にはフランス大統領選挙、12月19日には韓国大統領選挙が実施された。
 中国の将来を予測するためにも重要になると思われるのが、台湾総統選挙である。現職の馬英九総統(国民党首席)が、対立候補の野党・民進党主席の蔡英文を破り、再選を果たした。ちなみに1期は4年の任期である。
 馬英九については、中嶋嶺雄・古森義久『米中新戦争』(ビジネス社、2006)において、確信犯の反日派で、尖閣諸島問題でも札付きの運動家だったと述べられている(203-205頁)。


 ロシア大統領選挙については、No.5の「▼ロシア大統領選挙(1933年=2004年)」でも前述したが、ドミートリー・メドベージェフに大統領職を1期4年譲り、自らは首相に就任していたウラジミール・プーチンが当選した。
 憲法改正により任期を6年に延長したので(しかし3選は禁止)、プーチンは最長で2期12年、すなわち2024年までは大統領職に留まることができる。


▼次の転換点(2015年?)時点での日本の指導者は誰か?
 「▼現代の近衛文麿は誰か」の項で前述したのと同じ内容になりそうだが、2012年現在において年齢50〜55歳ごろの人間が、2015年ごろには58〜63歳ごろになるので、ちょうど首相適齢期になるのではないかと思われる。
 なので、以下に、党派を問わず予想される首相候補者の一覧を、年齢順に掲載しておく。

総理経験者
 小泉純一郎(1942生。2001年・総理就任当時59歳、衆院当選8回)
 安倍晋三(1954生、2006年・総理就任当時52歳、衆院当選5回)
 福田康夫(1936生、2007年・総理就任当時71歳、衆院当選6回)
 麻生太郎(1940生、2008年・総理就任当時68歳、衆院当選9回)
 鳩山由紀夫(1947生、2009年・総理就任当時62歳、衆院当選8回)
 菅直人(1946生、2010年・総理就任当時63歳、衆院当選10回)
 野田佳彦(1957生、2011年・総理就任当時54歳、衆院当選5回)
 安倍晋三(1954生、2012年・総理就任当時57歳、衆院当選6回)
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総理候補者
 石原慎太郎(1932生、2012年現在日本維新の会代表、80歳、参院当選2回、衆院当選8回)
 舛添要一(1948生、2012年現在新党改革代表、63歳、参院当選2回)
 海江田万里(1949生、2012年現在民主党代表、62歳、衆院当選5回)
 小池百合子(1952生、2012年現在60歳、衆院当選5回)
 渡辺喜美(1952生、2012年現在みんなの党党首、59歳、衆院当選4回)
 岡田克也(1953生、2012年現在58歳、衆院当選7回)
 石原伸晃(1957生、2012年現在環境大臣、55歳、衆院当選7回)
 石波茂(1957生、2012年現在自民党幹事長、55歳、衆院当選7回)
 馬渕澄夫(1960生、2012年現在52歳、衆院当選3回)
 前原誠司(1962生、2012年現在50歳、衆院当選6回)
 枝野幸男(1964生、2012年現在48歳、衆院当選6回)
 橋下徹(1969生、2012年現在大阪市長・日本維新の会代表代行、43歳)
 細野豪志(1971生、2012年現在民主党幹事長、41歳、衆院当選4回 )


▼大戦中の大地震
 No.3の「▼続発する大地震」の項でも前述したが、大東亜戦争の後期から終戦過ぎまでの6年間、5つの大地震が連続して起きているのである。

表8-25   大戦中の大地震
1943年9月10日 鳥取地震(M7.2。死者1083名、家屋全壊7700棟)
1944年12月7日 東南海地震(M7.9。死者998名、家屋全壊20000棟)
1945年1月13日 三河地震(M6.8。死者1961名、家屋全壊7200棟)
1946年12月21日 南海地震(M8.0。死者1432名、家屋全壊15000棟)
1948年6月28日 福井地震(M7.1。死者3769名、家屋全壊40000棟)


 溝上恵『徹底検証 東京直下大地震』(小学館文庫、2001)には、


「太平洋戦争の終戦を挟んだ6年間に連続して起こり、死者の合計が1万人近くにのぼったこれら5つの地震。この一連の地震活動は、南海トラフから内陸部、日本海沿岸にまで及ぶ広い地域を含んでおり、このことは、南海トラフの巨大地震は内陸地震を巻き込んで発生する、という傾向を示してもいる」(181-182頁)

 とある。

 ……ところが、2011年3月11日発生の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)によって、すべてが一変してしまった。

海溝型地震と内陸地震との関連性
海域で巨大地震が発生した後、遠く離れた内陸部の活断層が活発化し、M7クラスの直下型地震を誘発した例は、過去にも多数報告されている。たとえば、一九四四年に名古屋沖で東南海地震(M7・9)が起きた一カ月後に、愛知県の内陸で三河地震(M6・8)が発生した。また、一八九六年に三陸沖で起きた明治三陸地震(M8・5)の二カ月半後には、秋田県で陸羽地震(M7・2)が発生した。
 このタイプの地震は、海の震源域の内部で発生した余震ではなく、新しく別の場所で「誘発」されたものである
」(鎌田浩毅「今そこにある富士山噴火・東海・西日本大地震」、「文藝春秋」2011年6月号、153-154頁)


三陸沖地震と東海・東南海・南海地震との関連性
 東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)と、震源域や津波の規模において相似性が指摘されている、869年(貞観11年)の貞観地震(貞観三陸地震)の発生後、関東地方で、そして東海・東南海・南海地震が発生しているのである。
 これもまた表にしてみると、以下のとおりである。

表8-26   ウィキペディア「地震の年表 (日本) 」より作成
月日 地震
863(貞観5)年 7月6日(旧暦7月10日) 越中・越後地震。死者多数、直江津付近にあった数個の小島が壊滅したと伝えられる
864(貞観6)年〜866(貞観8)年 富士山の大規模な噴火活動(貞観大噴火
868(貞観10)年 7月30日(旧暦8月3日) 播磨・山城地震(M 7台)
869(貞観11)年 7月9日(旧暦7月13日) 貞観地震(貞観三陸地震)(M 8.3〜8.6?)。陸奥国地大震動、地震に伴う津波(貞観津波)の被害が甚大で死者約1000人。多賀城損壊。津波堆積物調査から震源域が岩手県沖〜福島県沖、または茨城県沖の連動型超巨大地震の可能性も指摘
9年間の空白期間
878(元慶2)年 10月28日(旧暦11月1日) 相模・武蔵地震(M 7.4)死者多数。京都でも揺れが感じられる
2年間の空白期間
880(元慶4)年 11月19日(旧暦11月23日) 出雲で地震(M 7.0)
7年間の空白期間
887(仁和3)年 8月22日(旧暦8月26日) 仁和地震南海地震だが、東海・東南海連動型地震の推定説有)(M 8.0〜8.5?)五畿七道諸国大震、京都・摂津を中心に死者多数。津波あり。地質調査によればほぼ同時期に東南海・東海地震も発生


「千年に一度の巨大地震の世紀になる?」:イザ!(リンク切れ)
2011/08/03  03:16更新

 東日本大震災規模とされる平安時代の貞観地震(869年)や関東直下型地震、東海・東南海・南海地震の3連動とみられる仁和地震など9世紀に起きた地震が、阪神大震災(平成7年)以降の地震の状況と酷似していることが、産業技術総合研究所の寒川旭(さんがわ・あきら)招聘研究員(地震考古学)の分析でわかった。近い将来に首都圏直下型や3連動型地震が起きる可能性が高いとの見解を示し、「千年に一度の巨大地震の世紀になるかもしれない」と警鐘を鳴らす。
 寒川氏は、古代以降の文献史料とともに、各地の遺跡で発掘された地割れや液状化現象による噴砂などの地震痕跡を調査。9世紀前半に関東北部や東北などでマグニチュード(M)7前後の地震が相次いだ後、貞観地震が発生していることを確認した。
 貞観地震は当時の歴史書「日本三代実録」に、「海は猛り吼え、津波が怒濤のように多賀城下に押し寄せ、千人がおぼれ死んだ」と記述。当時の海岸から約5キロ内陸の多賀城跡(宮城県多賀城市)周辺では道路が寸断された跡が見つかり、仙台市などでは津波で運ばれた堆積物もあった。
 878年には関東南部でM7以上の直下型地震が発生。887年の仁和地震では、日本三代実録に「都(京都)の建物は倒壊し、圧死する者多数。海岸には海潮(津波)が押し寄せ、無数の人がおぼれ死んだ。大阪湾岸も津波被害が甚大だった」と記録。東海から四国にかけて甚大な被害があったという。
 寒川氏の分析によると、最近数十年間に秋田などで死者100人以上を出した日本海中部地震(昭和58年、M7・7)や阪神大震災(M7・3)、新潟県中越沖地震(平成19年、M6・8)など各地でM7前後の地震があり、その後東日本大震災が発生した点が、平安時代の状況と共通していると指摘した。
 首都圏直下型地震や東海・東南海・南海地震について寒川氏は、いずれもフィリピン海プレートの影響下にあり関連が深く、過去の首都圏直下型や仁和地震に匹敵する3連動型地震が発生する可能性が高いとした。
 また、6月30日に長野県中部で起きた震度5強の地震は、千年あまり活動がなかった牛伏寺断層付近で発生。7月5日にも和歌山県北部で震度5強の地震があったことからも日本列島が活動期にあることが改めて浮き彫りになった。
 一方、古代以降、M8・2程度の元禄関東地震(1703年)や3連動型の宝永地震(1707年)があった「18世紀初め」、安政東海地震(1854年)や、高さ9メートルの津波が襲ったという翌日の安政南海地震、死者1万人といわれる安政江戸地震(1855年)が起きた「幕末」にも巨大地震が集中したが、三陸沖では東日本大震災に匹敵する地震はなかった。
 寒川氏は「東日本大震災では『想定外』という言葉がしばしば使われたが、文献史料には過去の巨大地震が詳しく記されており、決して想定外ではない」と話した。
 古村孝志・東大地震研究所教授(地震学)の話「これまで、江戸時代以前のデータは不確かさがあるということで防災対策などでもあまり注目されなかったが、今回を教訓に文献史料などを見直さないといけない。東日本大震災後の余震は以前より落ち着いてきたが、陸のプレート深部はまだ動いており、バランスをとるために再び大地震が発生する可能性が高く、対策が急がれる」

 東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)以降の平成の歴史は、この平安時代の歴史を繰り返すことになるのだろうか。

 …地震についての詳しいことは、当ウェブサイト「対称年表と近代70年サイクル」の「No.3」にて詳しく述べているので、そちらも参照していただきたい。

表8-27   対称年表・1929-1945/2006-2017(表4-11に追加)
★印を付け、なおかつ「第1次大戦終結後の世界」と「米ソ冷戦終結後の世界」の双方で同じ色を使用している出来事は、双方が対称可能な出来事であることを示している(色は、対称可能な出来事の時系列順に、を交互に繰り返し使用している)。
第1次大戦終結後の世界(1935〜1945) 米ソ冷戦終結後の世界(2006〜2017)




出来事



出来事
1935(昭和10)年 1月



(海
軍)
2006(平成18)年 12月



(自

党)
フセイン元イラク大統領、絞首刑
2月 天皇機関説論争はじまる 2007(平成19)年 1月 防衛庁、防衛省に昇格
3月 ドイツ、ベルサイユ条約を破棄。再軍備宣言 2月
4月 3月
5月 米国、中立法成立 4月 エリツィン前ロシア大統領死去
6月 英独海軍協定締結 5月 フランス大統領選挙、ニコラ・サルコジが初当選(在任〜2012年5月)
7月 静岡地震 6月 イギリス、労働党ゴードン・ブラウン首相就任(在任〜2010年5月)
8月 中国共産党、8・1宣言 7月 新潟県中越沖地震
参議院選挙、自民党大敗
9月 8月
10月 イタリア軍、エチオピア侵攻 9月



(自

党)
福田康夫内閣成立(第91代首相)
11月 10月 2000年6月以来2度目の南北(韓国・盧武鉉、北朝鮮・金正日)首脳会談
12月 11月
1936(昭和11)年 1月 12月 韓国大統領選挙、李明博当選(在任〜現在)
2月 2・26事件 2008(平成20)年 1月
3月



(外

官)
ドイツ、ロカルノ条約を破棄しラインラント進駐
広田弘穀内閣成立(第32代首相)
2月 コソボ暫定政府、セルビアからの独立を宣言
4月 3月 ロシア大統領選挙、ドミートリー・メドベージェフが初当選(在任〜2012年3月)
台湾総統選挙、馬英九が初当選(在任〜現在)
5月 イタリア、エチオピアを併合 4月
6月 フランス、レオン・ブルム内閣成立(第1次人民戦線内閣。在任〜1937、6) 5月
7月 スペイン内戦勃発(〜1939、3) 6月 岩手・宮城内陸地震
8月 ベルリンオリンピック 7月 洞爺湖サミット(主要国首脳会談)開催
9月 8月 ロシア軍、グルジアの南オセチア自治州に侵攻
北京オリンピック
パキスタンのムシャラフ大統領辞任
9月 米大手証券会社リーマン・ブラザーズ、経営破綻。これを契機に10月にかけてニューヨーク・ダウ大幅下落
麻生太郎内閣成立(第92代首相)
10月



(自

党)
11月 日独防共協定調印
アメリカ大統領選挙。ルーズベルト再選
10月 日経平均7162円(2003年4月以来バブル崩壊後の最安値更新)
12月 蒋介石、張学良に監禁される(西安事件) 11月 米大統領選挙。民主党のバラク・オバマが初当選
金融サミット、ニューヨークで開催
1937(昭和12)年 1月 12月
2月



(陸
軍)
林銃十朗内閣成立(第33代首相) 2009(平成21)年 1月 オバマ米大統領就任(在任〜現在)
3月 ニューヨークダウ、1929年の世界恐慌後の最高値194ドル40セントを付ける 2月
4月 3月 ダウ終値、6547ドル(昨秋の金融危機発生以降の最安値)
日経平均7054円(2008年10月以来バブル崩壊後の最安値更新)
5月 イギリス、ネビル・チェンバレン内閣成立(在任〜1940、5) 4月 北朝鮮、弾道ミサイル「テポドン2号」試射。日本のMD防衛網は初の実戦体制に
6月


麿
(華
族)
★第1次近衛文麿内閣成立(第34代首相) 5月 北朝鮮、2006年10月以来2度目の核実験を実施
7月 ★盧溝橋事件勃発。北支事変勃発 6月
8月 第2次上海事変勃発。支那事変(日中戦争)開戦(〜1945、8) 7月
9月 8月 衆議院選挙。自民党惨敗、民主党大勝
10月 9月




(民

党)
★鳩山由紀夫内閣成立(第93代首相。民主・社民・国民新の連立政権)
11月 10月 2016年夏季オリンピック開催地、リオデジャネイロに決定。東京は落選
12月 スペイン新政府成立。フランシスコ・フランコが総統に就任 11月 アラブ首長国連邦のドバイ政府、政府系持株会社ドバイ・ワールドの債務返済繰り延べの要請を発表。世界的に株式相場が急落(ドバイ・ショック)
1938(昭和13)年 1月 12月 EU、リスボン条約発効。ヘルマン・ファン・ロンパウ、初代大統領に就任
2月 2010(平成22)年 1月
3月 ドイツ、オーストリアに侵入・併合
ニューヨークダウ、98ドル95セント。恐慌後の2番底
2月 バンクーバー冬季オリンピック開催
4月 日本、国家総動員法公布 3月 韓国海軍のフリゲート艦「天安」、黄海にて沈没
ギリシャの債務危機問題発覚
5月 4月
6月 5月 上海万博開幕
イギリス、保守党デービッド・キャメロン首相就任(在任〜現在)
韓国政府、「天安」沈没は北朝鮮の攻撃によるものと発表
鳩山連立政権より社民党が離脱
7月 張鼓峰事件起こる(〜8月) 6月


(民

党)
管直人内閣成立(第94代首相)
サッカーワールドカップ南アフリカ大会開催
8月 7月 参議院選挙。民主党大敗
9月 ミュンヘン会談(英仏独伊4カ国の首脳会談。ヒトラーに対する宥和政策の頂点) 8月
10月 フランス人民戦線崩壊 9月 尖閣諸島にて海保の巡視船に中国の漁船が衝突。漁船の船長を拘束するも、中国側の圧力により釈放(尖閣諸島中国漁船衝突事件
11月 10月
12月 11月
1939(昭和14)年 1月




(枢

院)
平沼駲一郎内閣成立(第35代首相) 12月 チュニジアで「ジャスミン革命」。中東各国へ波及
2月 2011(平成23)年 1月
3月 ドイツによってチェコスロバキア解体
フランコ軍、マドリード占領。スペイン内戦終結
2月 エジプトにて民主化デモ、ムバラク大統領辞任
4月 3月 東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)(M9.0。死者・行方不明者約2万名)
福島第一原子力発電所事故発生
リビア内戦にNATO軍が介入開始
円ドル相場、1ドル=76円25銭(1995年4月の1ドル=79円75銭を上回り、戦後最高値を更新)
5月 ノモンハン事件起こる(〜9月) 4月
6月 5月 国際テロ組織アルカイダのウサマ・ビンラディン、米軍の奇襲作戦によりパキスタンで死亡
7月 日米通商条約破棄通告 6月
8月



(陸
軍)
独ソ不可侵条約締結
阿部信行内閣成立(第36代首相)
7月 2018年冬季オリンピック開催地を韓国の平昌に決定
9月 ドイツ、ポーランドに侵攻。英仏、ドイツに宣戦布告し第2次世界大戦開戦 8月
10月 9月



(民

党)

野田佳彦内閣成立(第95代首相)
11月 ソ連、フィンランドに侵攻 10月 円ドル相場、1ドル=75円67銭(戦後最高値を更新)
カダフィ大佐死亡、リビア内戦終結
12月 11月
1940(昭和15)年 1月



(海
軍)
米内光政内閣成立(第37代首相) 12月 北朝鮮の金正日総書記死去
イラク駐留米軍、イラクより完全撤退完了。イラク戦争終結
2月 2012(平成24)年 1月 台湾総統選挙、馬英九再選
3月 2月
4月 ドイツ、ノルウェー侵攻 3月 ロシア大統領選挙、プーチンが大統領に復帰当選(在任〜現職)
5月 ドイツ、フランス侵攻
イギリス、ウィンストン・チャーチル挙国一致内閣成立(在任〜1945、7)
4月 北朝鮮、金正恩が朝鮮労働党第1書記に就任
北朝鮮、弾道ミサイル「テポドン2号」試射
6月 パリ陥落、フランス降伏 5月 フランス大統領選挙、フランソワ・オランドが初当選(在任〜現職)
7月


麿
(華
族)
フランス、ヴィシー政権成立
第2次近衛内閣成立(第38代首相)
6月
8月 7月 ロンドンオリンピック
9月 日本軍、北部仏印に進駐
日独伊三国同盟締結
8月 李明博、韓国大統領初の竹島訪問
10月 大政翼賛会結成 9月 日本政府、尖閣諸島を国有化
中国で大規模反日暴動
11月 ★米大統領選、ルーズベルト初の3選 10月
12月 11月 米大統領選挙。オバマ再選
中国、胡錦濤総書記の後任に習近平を選出
1941(昭和16)年 1月 12月 北朝鮮、弾道ミサイル「テポドン2号」試射
衆議院選挙。民主党大敗、自民党大勝、日本維新の会躍進
韓国大統領選挙、朴槿恵が当選




(自

党)
第2次安倍晋三内閣成立(第96代首相。自民・公明の連立政権)
2月 2013(平成25)年 1月
3月 アメリカ、武器貸与法成立 2月
4月 日ソ中立条約締結 3月 中国、全国人民代表大会(全人代)。胡錦濤国家主席の後任に習近平就任?
5月 4月
6月 ドイツ、ソ連侵攻 5月
7月 第3次近衛内閣成立(第39代首相)
日本軍、南部仏印に進駐
6月
8月 米英、大西洋憲章発表 7月 参議院選挙
9月 8月
10月



(陸
軍)
東条英機内閣成立(第40代首相) 9月 アルゼンチンのブエノスアイレスでIOC総会開催。2020年夏季オリンピック開催地を決定(東京が立候補)
11月 10月
12月 海軍機動部隊、ハワイ真珠湾を奇襲。大東亜戦争(太平洋戦争)開戦 11月
1942(昭和17)年 1月 日本軍、マニラ占領 12月
2月 日本軍、シンガポール占領 2014(平成26)年 1月
3月 2月 ソチオリンピック
4月 ドーリットル部隊、日本空襲 3月
5月 フィリピンの米軍降伏
珊瑚海海戦
4月 消費税率引き上げ予定(5%→8%)
6月 ミッドウエー海戦。日本海軍大敗 5月
7月 6月
8月 米軍、ガダルカナル島に上陸
第1次ソロモン海戦
第2次ソロモン海戦
スターリングラードの戦い始まる
7月
9月 8月
10月 南太平洋海戦 9月
11月 米英連合軍、北アフリカ上陸(トーチ作戦)
第3次ソロモン海戦
10月
12月 11月
1943(昭和18)年 1月 12月
2月 スターリングラードのドイツ軍降伏
日本軍、ガダルカナル島より撤退
2015(平成27)年 1月
3月 2月
4月 日本海軍連合艦隊司令長官山本五十六戦死 3月
5月 北アフリカのドイツ軍降伏
アッツ島の日本軍玉砕
4月
6月 5月
7月 ムッソリーニ失脚・逮捕 6月
8月 7月
9月 鳥取地震(M7.2。死者1083名、家屋全壊7700棟)
イタリア無条件降伏
連合軍、イタリア半島上陸
8月
10月 イタリア、独に宣戦布告 9月
11月 大東亜会議開催 10月 消費税率引き上げ予定(8%→10%)
12月 カイロ宣言 11月
1944(昭和19)年 1月 12月 米軍、朝鮮半島での有事統制権を韓国軍に委譲、米韓連合司令部を解体予定
2月 2016(平成28)年 1月 台湾総統選挙
3月 日本陸軍、インパール作戦開始 2月
4月 3月 ロシア大統領選挙
5月 4月 フランス大統領選挙
6月 連合軍、ローマ占領
連合軍、ノルマンディー上陸作戦実施
米軍、サイパン島上陸
マリアナ沖海戦
5月
7月



(陸
軍)
日本陸軍、インパール作戦中止
小磯国昭内閣成立(第41代首相)
6月
8月 連合軍、パリ奪回 7月
9月 8月 リオデジャネイロオリンピック開催
10月 米軍、フィリピンのレイテ島に上陸
レイテ海戦。日本海軍連合艦隊は事実上壊滅
9月
11月 ★米大統領選、ルーズベルト初の4選 10月
12月 東南海地震(M7.9。死者998名、家屋全壊20000棟) 11月
1945(昭和20)年 1月 三河地震(M6.8。死者1961名、家屋全壊7200棟) 12月 米大統領選挙
2月 ヤルタ会談 2017(平成29)年 1月
3月 東京大空襲 2月
4月




(海
軍)
米軍、沖縄に上陸
鈴木貫太郎内閣成立(第42代首相)
ルーズベルト米大統領死去、トルーマン副大統領が昇格(民主党。在任〜1952、1)
アドルフ・ヒトラー自殺
3月
5月 ソ連軍、ベルリン占領
ドイツ無条件降伏、ヨーロッパ戦線終結
4月
6月 沖縄の日本軍守備隊玉砕 5月
7月 ポツダム会談・ポツダム宣言
イギリス、クレメンス・アトリー内閣成立(労働党。在任〜1951、10)
6月
8月 米軍、広島に原爆投下
ソ連、対日宣戦布告。満州、樺太、千島列島に侵攻
米軍、長崎に原爆投下
★日本、ポツダム宣言を受諾し無条件降伏
東久邇宮稔彦内閣成立(第43代首相)
7月
9月 戦艦ミズーリ艦上にて降伏文書に調印。第2次世界大戦終結 8月


▼第5周期(201?〜208?)の行方
 兵頭二十八氏は「諸君!」2001年1月号において、


私の見るところ、21世紀のアメリカは、生命工学を、行き着くところまで持って行ってしまうだろう


 と述べている。
 また『ニュースではわからない戦争の論理』(PHP研究所、2003)では、


人間の好奇心は、生命工学を必ずや究極まで飛躍させるであろう」(64頁)
このように、生命と個性の両方に極限まで執着する結果、悟りの遅かった人類も、漸く兵頭二十八が1980年代末から説いている『権力の理由』に目覚める。地球人口を恒常マイナス成長に保ちさえすれば、そしてそれを全人類が得心し確信することさえできれば、その日付を以て人類の戦争史には終止符が打てる」(65頁)


 と述べている。



 昔の関東軍は、今のアメリカのネオコンか?
 となれば、今も昔も同じように、日本政府は軍の暴走を止められないことになる。“昔武装警察、今核武装”ということになるか。
 (※アメリカをチェックできない日本…『沈没ニッポン再浮上のための最後の方法』190頁にも)

 近代70年サイクル第5周期の“挑戦国”は中国か?それともイスラム勢力?
表8-28     日本の近代70年サイクル(No.6の表6-7も参考にして欲しい)
近代70年サイクル第2周期(1815〜1871年、56年間)(日本にとっては周期参入以前) 近代70年サイクル第3周期(1871〜1945年、74年間)(日本にとっては第1周期) 近代70年サイクル第4周期(1945〜201?)(日本にとっては第2周期)
知識人のサイクル

1885年12月、内閣制度成立。初代内閣総理大臣伊藤博文就任 1955年、55年体制成立



1889年2月、大日本帝国憲法発布 1960年、日米安保条約締結反対運動(60年安保闘争)
1905年、日露戦争勝利 1968〜69年、学園紛争(東大紛争など)
1911年1月、大逆事件で幸徳秋水らに死刑執行 1970年11月、三島由紀夫自決
1911年6月、関税自主権を回復(不平等条約の解消) 1972年2月、あさま山荘事件



1912年7月、明治天皇崩御
        乃木希典夫妻自決
1972年5月、沖縄返還
富裕人のサイクル 1913年、大正政変により第3次桂太郎内閣総辞職 1972年7月、田中角栄内閣誕生
1914年、シーメンス事件 1976年、ロッキード事件
1915年、大戦景気はじまる 1985年、プラザ合意。バブル景気はじまる
1919年、大戦景気絶頂 1989年、バブル絶頂
軍人のサイクル 退

1853年、ペリー率いるアメリカ艦隊来航 1923年、関東大震災 1995年、阪神大震災
1860年、桜田門外の変 1931年、満州事変(〜33年) 2003年、イラク戦争開戦
周期境界大戦 戊辰戦争(1868、1〜69、6) 大東亜戦争(1941〜45年)
周期境界 1868年(大政奉還、江戸幕府滅亡) 1945年(大東亜戦争に敗北)

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               完成まで今しばらくお待ち願います。  m(__)m 




アメリカ大統領選挙
1860リンカーン(共和)
(1864A・ジョンソン(共和))
1868グラント(共和)
周期境界(1871)〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
1872  〃 (共和)
1876ハーズ(共和)
1880ガーフィールド(共和)
(1881アーサー(共和))
1884クリーブランド(民主)
1888ハリソン(共和)
1892クリーブランド(民主)
1896マッキンリー(共和)
1904ルーズベルト(共和)
1900  〃   (共和)
1908タフト(共和)
1912ウイルソン(民主)
1916  〃  (民主)
1920ハーディング(共和)
(1923クーリッジ(共和))
1924クーリッジ(共和)
1928フーバー(共和)
1932ルーズベルト(民主)
1936  〃   (民主)
1940  〃   (民主)
1944  〃   (民主)
(1945トルーマン(民主))
周期境界(1945)〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
1948  〃   (民主)
1952アイゼンハワー(共和)
1956  〃    (共和)
1960ケネディ(民主)
(1963ジョンソン(民主))
1964  〃  (民主)
1968ニクソン(共和)
1972  〃 (共和)
(1974フォード(共和))
1976カーター(民主)
1980レーガン(共和)
1984  〃 (共和)
1988ブッシュ父(共和)
1992クリントン(民主)
1996  〃  (民主)
2000ブッシュ子(共和)
2004  〃  (共和)
2008オバマ(民主)
2012  〃 (民主)
周期境界?〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
2016
2020
2024
2028
2032
2036
2040
2044
2048
2052
2056
2060


▼戦後の日本の徳政令
 日本の膨大な財政赤字はどうなる?
 もう預金封鎖、新円切替えしかないのか?
 
 『30年不況』(第二海援隊、1998)228〜230頁にて浅井隆氏が指摘している。
 “徳政令トレンド”


 1867年     明治維新
 1873年?    秩録処分(『銀行預金封鎖』P52より)
 1876年 月 日 秩録処分
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 1945年8月15日 終戦
 1946年2月17日 “新円切り替え”

 浅井隆『2003年、日本国破産〔警告編〕』(第二海援隊、2000)
 浅井隆『2003年、日本国破産〔対策編〕』(第二海援隊、2001)
 浅井隆『2003年、日本国破産〔番外編〕』(第二海援隊、2001)
 浅井隆『2003年、日本国破産〔衝撃編〕』(第二海援隊、2002)
 浅井隆『国家破産サバイバル読本 上・下』(第二海援隊、2003)
 浅井隆『あと一年は株で大儲けしなさい!』(第二海援隊、2004)
 浅井隆『次にくる波』(PHP研究所、2005)
 浅井隆『最後の2年』(第二海援隊、2005)

 落合弘樹『秩祿処分』(中公新書、1999)

 浪川攻『金融自壊』(東洋経済新報社、2003)249頁〜でも指摘されている。

 一方、浅井隆氏らとは正反対の認識をしているのが増田悦佐(ますだ・えつすけ)『国家破綻はありえない』(PHP研究所、2006)である。

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▼2020年東京オリンピックはどうなる?
 石原慎太郎東京都知事が先頭になって、東京都が2016年東京オリンピックの開催招致運動を行っている(東京都庁の招致ページ)。開催地は2009年10月のIOC総会で決定される。
 しかし2016年は、恐らく近代70年サイクル第4周期と第5周期の周期境界の真っ只中になるような気がする。果たして、開催地が東京に決定したとしても、無事開催されるのかは疑問である。
 2009年10月のIOC総会において2016年オリンピック開催地はリオデジャネイロに決定し、東京は落選してしまった。すると石原東京都知事は、東京への2020年オリンピック招致運動を行うとした。開催地は2013年9月にアルゼンチンのブエノスアイレスで開催されるIOC総会で決定される。


▼日本の政治の行方

 将来の課題…
・憲法(9条)改正
・日米安保条約
・国連常任理事国入り
 はどうなっているのか?

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               完成まで今しばらくお待ち願います。  m(__)m 




 第1次大戦後のドイツとフランス…首相が頻繁に交代している。
 フランスは結局第2次大戦でドイツに早々に敗戦してしまった。その後フランスではドゴールにより第5共和制が誕生し、大統領制に移行している。

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▼最後に光り輝く帝国アメリカ
 No.6で前述した「▼文明の800年周期説」の提唱者である村山節氏によると、「文明の交代期には大帝国が出現する。この大帝国は滅びる側の文明に現れ、最後の輝きを見せてから、その後急激に没落する」という。そして今までにこの例に当てはまるのが、東ローマ帝国、アレキサンダー帝国、モンゴル帝国(元)、アメリカだと言う。
 東ローマ帝国、アレキサンダー帝国、モンゴル帝国(元)、アメリカには6つの共通点が見られるという。

 1 多民族国家である
 2 軍事力が強い
 3 その反面、文明の度合いはそれ程高くない
 4 もとの文明の中心地からずれている(東ローマ帝国の首都は、ローマ帝国の本拠地・イタリア半島からは東方に遠く離れたコンスタンティノープルだ。中華文明の帝国の首都は、秦が洛陽、漢・隋・唐が長安だったが、元の首都は北に離れた北京である。アメリカに至っては、西洋文明の本拠地である西ヨーロッパから、大西洋を挟んで新大陸に移動してしまった)
 5 滅びる側の文明に現れている
 6 最後はあっけなく滅んでいる

 村山氏は、「アメリカは21世紀の前半はますます強くなり、21世紀後半に急速に衰えていくだろう」という(以上、浅井隆『2000年の衝撃』第二海援隊、1999、229‐233頁)。

▼覇権は西へ移動するのか
 覇権がアメリカ→日本→中国へと移動してゆく根拠にもなっている。
 しかしこの法則(?)は、近代70年サイクルのみにあてはまるもののようである。
 近代70年サイクル以前の、西洋文明の覇権サイクルにおいて、覇権はイタリア→スペイン→オランダ→イギリスと移動していったが、キンドルバーガー氏は『経済大国興亡史 1500‐1990 上』(岩波書店、2002)183頁において、この移動は時計回りの円を描いていると指摘している。

 あるいは“ミニアメリカ大陸”であるオーストラリアが覇権を受け継ぐのか?

▼中国は普遍法を受け入れるのか
 しかし中国には、世界を統べる覇権国の資格は今だないようである。
 兵頭二十八氏は『ニュースではわからない戦争の論理』(PHP研究所、2003)において、


普遍法に根強く抵抗する文化であるという点で、中国とイスラムが、世界の異端と看過されがちなのは、自然法の世界から見たら、仕方がないのであります」(148頁)


 と述べている。
 一方で兵頭氏は、「戦車マガジン」1990年?月号において、


中国の軍閥は、将来中国版の『大化の改新』でも起こって、万世安定の磐石な民主政治体制が成立せぬ限り、形を変え名を変えて永続していくことになろう」(31頁)


 とも述べている。
 第5周期の間に、中国で民主化革命が起こり、民主政治体制が成立して、普遍法を受け入れるようになるのかも知れない。それまで一体どのくらい時間がかかるのか不明だが…。
 No.6の「▼文明の800年周期説」でも述べたが、西洋の覇権は、既に西暦2000年ごろに終焉しているはずなのである(当然厳密なものではなく、数十年単位で誤差があるのだろうが)。
 となれば日本は、西洋文明の遺産を受け継いで、ユーラシア大陸に次の東洋の世界大国が興るまで、孤軍奮闘せねばならない運命にあるのかもしれない。

 兵頭二十八『日本有事』(PHP研究所、2006)には、


「シナは、内乱と再統一を永久無限に反復し、近代化することも無理な代わりに、自滅することもない。永久に『いまのまま』を繰り返すであろう」(89頁)
「非合法結社が宗教的カリスマによって束ねられ、匪賊側に寝返る地方役人が増えると、軍閥抗争から易性革命が起こるのも近いといえるだろう。現代の中共王朝が大混乱の内に打倒される日は、遠くなかろう」(91頁)


 とある。
 鳥居民『「反日」で生きのびる中国』(草思社、2004)には、


「中国はアメリカと似ているということはできない。(中略)
 中国が似ている国を探すとなれば、日本となるのだと私は考える。
 どこが日本と似ているのか。
 第一に中国は日本と同じように急速に老齢国家になろうとしている。
 第二に中国は『世界の工場』となってしまったがために、日本と同じような資源小国になってしまっている。
 向こう二十年足らずのあいだに中国は老人超大国となってしまう。
(中略)
 中国ではどうか。現在、六十五歳以上の人口は全人口の七パーセントを占め、高齢化社会に入った。二〇二〇年前後には中国全土で一四パーセントになり、高齢社会になると予測されている」(224-225頁)


 とある。
 これに関連したニュースとしては、以下のものがある。


中国の人口、33年にピーク 15億人前後に
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20090921AT2M2100O21092009.html より、リンク切れ)

 中国国家人口・計画出産委員会の李斌主任は2009年9月21日までに、中国の総人口が2033年ごろに15億人前後となり、ピークを迎えるという見通しを示した。一人っ子政策の影響で人口の高齢化も急速に進むが 「2050年まで、15〜64歳の労働力人口は8億人以上の状態が続き、就職問題は依然として厳しい」と指摘 し、人口抑制策の継続を訴えた。
 国営新華社のインタビューに答えた。中国は1980年から一人っ子政策を本格的に始め、2008年末の総人口は13億2800万人だった。李主任は「一人っ子政策を導入していなければ17億人を超えていた」 とし、2008年に初めて3000ドルを突破した1人当たり国内総生産(GDP)も2200ドル程度にとどまっていたとの試算を示した。一人っ子政策の影響で現在約9億5000万人とされる中国の労働力人口は、2015年ごろに減少に転じる。
(北京=高橋哲史) (2009年9月21日 21:02)


▼「民主化」された後の中国のほうが遥かに危険だ
 兵頭二十八氏は、「正論」2007年2月号のコラム「Closs Line」において、


 「契約文化はシナには定着しなかった。これに気づくのが最も遅れるのが、たぶん米国の東部人であろう。だから圧倒的人口を誇るシナ人には、米国エリート層が気づく前に米国文化をシナ化できるチャンスが、少しばかりある。近代と反近代のモラルの確逐だ」


 と述べている。
 春原剛『ジャパン・ハンド』(文春新書、2006)には、


『中国が民主化を成し遂げ、「民主主義」「基本的人権」「信教の自由」「法の支配」など日米両国と同様の「価値観」を共有した場合、すべての前提は崩れ去る。「中国における民主化の欠如は米中接近に実質的な限界を設けている」とペリーは言うが、同時に「中国が民主化に動けば、米中両国はより密接に協力できるようになるだろう」と断言する。(中略)
 もっとも今後五十年間という歳月をかけたとしても、中国が現在の日本のレベルにまで民主化すると見ている米政府関係者はほとんどいない。
 「せいぜい、シンガポール・スタイルの独裁型民主国家」(グリーン前大統領補佐官)といった意見が大勢であり、そのシンガポール・スタイルですら中国の国土の大きさなどを考えれば、単純にそのモデルを中国に移植できるわけではないという見方が支配的だ』
(155‐156頁)


 とある。
 原田泰『日本国の原則』(日本経済新聞出版社、2007)には、


「中国が本当に東洋鬼への復讐を遂げたいのなら、中国が自由な民主主義の国になることだ。同じことは韓国にも言える。中国が自由の国となり、韓国が北への理解しがたい幻想を捨て、朝鮮半島に民主主義と人権を拡大したいと考えた時、日本は取るに足らない国となる。中国が、人間の自由と安全を不可侵な権利とし、知的所有権を含む私有財産を真摯に保護し、信教の自由を認め、結社の自由と自由な選挙を有する民主主義の国となったとき、世界における日本の役割は大きく低下するだろう」(228頁)


 とある。
 確かに中共政権も脅威だが、近い将来共産党一党独裁体制が崩壊して、中国が民主化されるような事態に至れば、大手を振って中国に西側から資本が流れ込むだろう。そうなれば、いよいよもって米中の親密さは増大するだろう。
 中国が民主化したならば、外国も大っぴらに中国に対して武器を売れる。
 清帝国時代に戦艦「定遠 」「鎮遠」を建造したり、蒋介石が国民党の組織編成をナチ党に倣ったり、第2次上海事変において国民党軍の先制攻撃に助言・支援するなど(別宮暖郎・兵頭二十八『戦争の正しい始め方、終り方』並木書房、2003、169-177頁、もしくは別宮暖郎氏のホームページ「第一次大戦」の「ハプロ条約」「支那事変開戦原因」も参照)関係の深い(中独合作)ドイツが第一候補だろう。
 次が、上述したように、中国に対して積極的に武器輸出を行っているロシア。
 そして、ラビ戦闘機J-10戦闘機のモデルにさせたりしているイスラエル(兵頭二十八『「日本有事」って何だ 「超カゲキ」VS「常識」問答』』(PHP研究所、2000、17-18頁)の順だろう。

 中国が民主化されたら、外国が中国に対し、本格的に、かつ大っぴらに武器を売るだろうという話は、大石英司『自由上海支援戦争 下』(中央公論社Cノベルズ、1993)の100頁、199頁にも出てくる。
 中国が民主化されれば、日本にとっても脅威となる。脅威の対象は、何も低賃金の労働者ばかりではない。朝鮮半島は、北朝鮮が崩壊した後は非核地帯になる可能性が高いが、中国の場合、たとえ民主化されたとしても、核軍縮は行うだろうが、核武装を放棄する事はないだろう。すなわちソ連→ロシアのケースと同じになるだろう。
 しかし中国が民主化されてしまえば、日本の核武装は大義名分を失う可能性が高い。日本は核武装を本格的に断念せねばならなくなるかも知れない。
 なので、中国が民主化して、笑顔で迫ってくるほうがより脅威だと、わたくしには考えられる。
 中国が民主化された後のほうが、シナが米国文化をシナ化するという話にも、より現実味が出てくるだろう。



 エピローグ それでも覇権はまわる

 第2次大戦の枠組みとは異なる、新しい枠組みで世界大戦が起これば、大戦後には新しい戦勝国によって新しい枠組みが出来る。必然的に第2次大戦の枠組みは崩壊することになるだろう。
 第2次大戦の枠組みとは、言うまでもなくヤルタ・ポツダム体制のことである。第2次大戦の戦勝国であり、国連のP5(安保理常任理事国)でもある、連合国のうち主要国、すなわちアメリカ、イギリス、フランス、ソビエト連邦(→ロシア連邦)、中華民国(→中華人民共和国)が世界を統治するというシステムである。
 この枠組みに縛られている限り、第2次大戦の残した世界統治システム(兵頭二十八氏は、とりわけ日本に関係するポツダム宣言、東京裁判、日本国憲法、日米安保条約、サンフランシスコ講和条約の5つを“セット”としている。『「新しい戦争」を日本はどう生き抜くか』ちくま新書、2001、15‐16頁、26頁より)が瓦解しない限り、兵頭氏の言う“廃憲”はおろか、憲法改正すら不可能だろう。
 しかし、民主主義国家ではない専制国家であるソ連ーロシアと中共がこの顔ぶれに入っている時点で、この枠組みは、啓蒙主義という世界の歴史の流れからはかけ離れている。反動的(!)な枠組みである。日本にとってロシアと中共は敵国であり、この顔ぶれが何時までも続くことに対して黙っているわけにはいかない。
 なので、日本人は、世界大戦の勃発に際し、別に悲観的になる必要もない。目指す目標はただ1つ、「危機への勇敢な便乗」(『「新しい戦争」を日本はどう生き抜くか』14頁より)による、“今度は戦勝国になる”。この1点だけでよいだろう。
                    
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